倍音とは元になる音の2倍、3倍、4倍・・・の周波数の音が聞こえる現象を指します。実際の音ではドの音を出したら、最初の倍音は1オクターブ高いドの音、次はその上のソの音、次は元の音の2オクターブ上のドの音・・・結構高い音です。さて、実際の声はこの元の音(基音)と倍音だけで構成されているわけではなく、色々な周波数の音が混ざります。そしてこの色々な周波数の音が少ないと澄んだ音、しかし表情の少ない音に感じられるし、元の音が分からないくらいにその他の周波数が多く聞こえる声は音程が分からないような汚い声と言われる声になります。
良い声とされる声は基音と倍音のみから出来る声ではなく、またその他の周波数の音(雑音)がたくさん混ざった音でも無く、ほど良く雑音が混ざった音ということになります。数値的に良い声はこうだと規定できないところが音の面白いところかもしれません。AIブームではありますが、人が作り出す以上に素晴らしい声をAIが作り出すことは容易ではないだろうと思われる証拠の一つだと思います。
さて倍音の話に戻ります。倍音が多ければ良い音だとしたら、1オクターブ高い音を歌と同時に流したら良い声になりそうですが、そんなことはありません。例えばピアノの音が声の1オクターブ上を重ねていることはよくありますが、やや響きを厚くしてくれますが特段素晴らしい音色になったとは感じません。さらに次の倍音は完全5度上の音ですので、ハ長調でシの音を出したとすると、ファ♯の音がしっかり聞こえることになります。属和音のシーンだとしたら、ソとファが同時に演奏されることが多いですので、そこにファ♯が混ざると邪魔にしかなりません。しかし実際は邪魔になりません。その理由は簡単で、倍音は基音に比べてごく小さな音しか出ていないからです。もし、基音に匹敵するくらい大きな倍音が出るとしたら、邪魔になってしまいます。倍音が多ければ良いということはないのです。
倍音が増えるわけではなくても先ほど書いた雑音が少なくなると倍音が聞こえやすくなるというのは確かです。つまり倍音できれいな音ができるのではなく、倍音に気付くくらい雑音の少ない音だということになります。波形がきれいな正弦波になると雑音はとても少なくなります。音叉のような音です。声ではファルセットが一番これに近い音になります。しかし最初に書いたように本当に良い声は雑音が全くない音ではなく、ほど良く雑音が混ざった音ですので、倍音は良い声の基準には全くならないということです。ただ、ファルセットが正弦波に近いということは声門閉鎖が弱いときにこのような音になりますので、弱音の時、または静かに消えていくような声の場合は倍音に気付くような声はふさわしい声ということになります。しかしもっと感情あふれる演奏の時に倍音がたくさん聞こえる声はふさわしくないということです。
ちなみにファルセットと普通の声、汚い声を比較したときに一番高い音が混ざるのは汚い声を出したときです。高い音が混ざると良い声になりそうですが、全く逆になるのも面白いところです。
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