重心は下げた方が良いか、上げた方が良いかと言われれば、下げた方が良いと考える人が多いのではないかと思います。果たしてこれは本当なのかについて考えてみます。本来重心は重さの中心になる点なので、立った姿勢だと臍かそれよりほんの少ししたあたりに重心があり、呼吸や気持ちや力の入れ方を変えても変化はしません。ですので、声楽の世界で言われる重心は科学的なものではなく、感覚的なもののように思います。例えば息をより下に入るように吸うと重心は下がり、そうでなければ重心は上がるというような感じで捉えられているようです。
まっすぐ立った状態では重心は変わりませんが、少し膝を曲げて中腰のような姿勢を取れば実際に重心は下がります。日本の伝統的な芸能ではこの中腰のような状態で練習することも多々あります。この重心を下げた状態を作ることで、伝統芸能ではゆっくり動いているにもかかわらず、とても安定感があり、また声も変化よりも全体にとてもしっかりとした安定感を感じます。
実際に中腰になって重心を落としても、感覚的に息を深く感じて体が伸びていかないようにしても発声器官は似たような反応をします。横隔膜が通常よりも強く中心に向かって緊張していきますので、声帯が巻き込まれて閉鎖の強い状態になります。その結果、重い安定した厚みのある声が出来ます。しかし、伸展筋が動きにくいので、伸びのある音や高い音が難しくなっていきます。この対策として重心が上がるような運動も必要になります。
見た目の問題はありますが、本当に重心を下げた方が良いのであれば、中腰で歌った方が良い声になるはずですが、そうすると重たすぎる伸びの無い声になってしまいます。下げれば良いというものではないということです。実際にソプラノのレッスンでは「支えの位置が低すぎるからもっと上げなさい」と言われることもあります。常識と事実にはずれがありますね。
さてでは重心はどうした方が良いかということになりますが、基本的には考えない方が良いでしょう。ただし、不安定な弱々しい音になるようだったら少し膝を曲げるような練習をしても良いかもしれないし、喉が開きづらい時には逆に重心が上がるように練習する方法もあります。ちなみに私が森先生から一番最初に教えていただいた発声は、まずは膝を曲げながら(重心を下げながら)息を吸って、声を出す時には膝を少しずつ伸ばし、最後はかかとが上がるようなファームで歌う練習でした。重心が下がった状態からだんだん上がっていくような練習です。
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