合唱ではヴィブラートはあってはならない、と言う考えには多分にヴィブラートではなく不安定な声が想定されているのではないかと思います。きれいなヴィブラートは声楽の世界では歓迎されるものですし、発声が良くなってきたときに声楽の先生が、「きれいなヴィブラートになってきたね」と表現されることもあるくらい、ヴィブラートは声の良し悪しのバロメーターでもあります。逆に不安定な声は何を置いてもすぐに修正されるべき声でもあります。私もレッスンの中でいつもよりも不安定な声になっていたら、他のことよりも先にその修正に取りかかります。ただ基本的には「今日の声は不安定だから修正します。」などは言いません。丹念に喉の状態、横隔膜の使い方の修正をして安定した声を作ります。レッスンの進んだ人には「今日はいつもより少し不安定になっているから少し安定させようか」と言うことはあります。問題なく修正できるといった信頼感があるからです。発声のコントロールがまだうまく出来ない人に、そのヴィブラート止めてと言うのはとても苦しいところに追い込むことにもなります。
この2つは同じように音程の揺れだし、メカニズムも同じようなものなので、きれいに線引きすることは出来ません。単純に心地良いものはヴィブラート、そうでなければ不安定な揺れだと判断できると思います。ヴィブラートは狭い音程の幅で規則的に揺れますし、あまり速くはありません。一方不安定は声は音程の幅が大きくなりますし、不規則に速く揺れます。
元々安定した声のある人が一時的に不安定になっただけであればそう難しくないのですが、常に不安定になってしまっている声の修正は容易ではありません。不安定な声は音程が定まらない声になりますが、音程が定まるという事はとても繊細に声帯をコントロールしているということでもありますので、逆に言うと安定した声が出せている方が奇跡みたいなもので、その奇跡のような声を練習によって常に出せるようにするのが発声だとも言えます。声は声帯の伸展の具合と閉鎖の具合のバランスで作られます。例えば同じ音程でクレッシェンドするときには徐々に声帯の閉鎖を強くしていきます。その結果徐々に声帯は厚くなっていき、そのままでは音程がどんどん低くなってしまいます。その時に低くならないように声帯が厚くなった分声帯を引き伸ばす力を加えていくことになりますが、耳で聞こえてくる音程を頼りに、そのバランスを随時変化させながら声を作っていきます。喉の中で繊細にバランス調整をし続けているのです。このコントロールが上手くいかなくなるのが不安定な音の揺れです。
繊細なバランス調整が上手くいかない人に「ヴィブラートを止めて」という指示を出すと、すべての運動を止めて固定させてしまうか、逆に力を抜いて声が聞こえないようにするかになってしまいます。どちらもバランスの悪さをもっと拡大させるばかりで、良い結果にはなりません。それから声帯は声を出している間にバランスを変え続けています。例えば同じ強さのロングトーンをするとします。まず最初、音の強さや音の高さに合わせて声帯の状態が決まります。しかしこの状態を固定させるのではありません。音を出し続けるということは閉鎖し続けなければならず、閉鎖し続けるということは声帯はだんだん厚ぼったくなるということになりますので、徐々に声帯を引き伸ばす力を増やしていかなければなりません。少し分かりづらいかもしれませんが、とにかく同じ音を伸ばすだけであっても声帯の中の筋肉は変化し続けなければならないのです。そこに止めてという指示を出すとせっかく変化しようとしている声帯の動きを止めることにもつながり、ますます歌いにくくなってしまいます。
根本的な解決策は基本的な発声の力を付けていくことですので、時間がかかるし、簡単ではありません。ただし、声帯は自由に動く状態が出来ると、無意識にバランスの取れた本来あるべき運動をしていきますので、伸展筋の緊張弛緩の繰り返し、声帯筋の緊張弛緩の繰り返しが一番の解決策になります。スムーズにこの運動が出来れば何も意識していないのに、不自然な音の揺れはなくなっています。
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