声帯の少し上方にもう一つヒダがあって仮声帯と呼ばれています。仮声帯という名前から声帯に近い働きをしそうにも思えますが、全く違います。声帯には声帯靭帯と呼ばれる振動体がありますが、仮声帯にはありません。声帯靭帯は固い筋肉で出来ていますので強い振動にも耐えられますが、仮声帯にはそれがありませんので、元々音を生み出すようには出来ていません。また声帯靭帯の周りの声帯筋は声帯の状態を繊細に変化させられるようにしっかりとしたコントロール可能な筋肉で出来ていますが、仮声帯はそのようなものではありません。
では仮声帯の役割は何かということになりますが、少し調べてみましたが、明確な答えは見つかりませんでした。異物が肺に入っていかないようにといった説明もありました。肺に異物が入らないようにすることはとても重要なことで、多少体に悪い細菌やウイルスでも胃の中は入ってきても大丈夫なように出来ていますが、それが肺に入ってくると生死に関わる問題になってきます。胃カメラは頻繁に使われるのに、肺の内視鏡はなかなか使われません。とにかく肺はとてもデリケートです。食べ物飲み物が肺の中に入っていかないように、食堂の入り口には喉頭蓋と呼ばれるふたがあり、呼吸する時は開き、ものを飲み込む時は閉じるようになっています。声帯もその役割があります。喉頭蓋をすり抜けて異物が気管の奥に入り込んでしまったら、声帯が閉じてそれを排除しようとします。むせて咳き込むのがこの状態です。とても激しく反応するのを経験したことがあると思います。仮声帯もそのような役割があるということのようですが、喉頭蓋や声帯の防御態勢に比べると、とても貧弱で、素直に納得できないところもあります。自在に動かないことに加えて、声帯は上に凸の形で下からの力には弱いですが、上から入ってくるものには強く抵抗します。しかし仮声帯はどちらかというと下に凸の形で上から入ってくるものへの抵抗には弱そうです。
このように役割があまりはっきりしない仮声帯ですが、ある発声の本でファルセットは仮声帯で出されると書いてあったのを覚えています。まだ声楽をしっかり勉強する前で、ソルフェージュで歌わなくてはならないので、発声に関して知りたくなり、たまたま買った本に書いてありました。おそらく発想は単純で、ファルセットのことを日本語では仮声ともいいます。この言葉と仮声帯がつながって、仮声は仮声帯で作られると思ったのでしょう。これが間違いであることは調べなくても分かります。声帯と仮声帯は別の器官です。声帯が実声、ファルセットが仮声帯だとすると実声からファルセットに移り変わる時に声帯も仮声帯も振動している時間が出てきます。その瞬間は2つの違った音程が聞こえるはずですが、それをやろうと思っても出来ません。どう考えても同じところから音は出ています。名前の相関性から起こった単純な思い違いです。
発声において仮声帯は無視して大丈夫です。
音楽書のコーナーにあったちゃんとした発声法の本でしたが、解剖学の資料さえあれば検証することなく分かる間違いです。しかしそれが本当のように伝え続けられることがあります。
どうかなと思うことの一つですが、最近コロナ禍ということもあり、エビデンスという言葉をよく聞きます。証拠とか根拠ということですが、例えば未だにファルセットは仮声帯で作られる説が主流をなしていて、発声の名だたる先生たちがこのような本を出し続けていたら、これはちゃんとエビデンスになります。間違っているにもかかわらずです。そうなるとどんなに、理由を付けてこれは正しくないと主張しても、さらに権威のある人の論文を見つけ出すまでは、たわごとのように扱われてしまいます。エビデンスを他人が書いたものから求めようとすると大きな間違いが起こることもあります。信憑性の高いデータを基に自分で考えることが必要で、そこで結論が出ないものはそこに欠けているデータを見つけることが必要な気がします。ファルセットの検証は簡単です。カメラを入れてファルセットを出している時の声帯、仮声帯の状態を写せば終わりです。これで実証できるので、今この説を唱えている人は聞いたことがありません。しかし、カメラを入れることなくこの理論の矛盾はすぐ分かりそうなものですが・・・。
発声の世界ではさらにたくさんの間違ったものがあり、研究者や専門家と言われている人たちにも間違ったものが多々出てきます。しっかり考えることが必要な気がします。私自身も間違っているものを正しいと思い込んでしまっていないだろうかと常に自問自答しながら仕事を続けています。
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