以前ファルセットに関して書いたことですが、ある大学教授の昔の論文に実声は声帯の振動によるものだが、ファルセットは仮声帯の振動によるものである、とありました。これはもちろん間違っています。実声もファルセットも同じ声帯から作られる音です。
この勘違いは容易に想像できます。仮声帯という器官は確かにあります。気管の声帯より少し上部にヒダ状の筋肉があり、役割はよく分かっていないのですが、仮声帯と名付けられています。しかし声帯のように声帯靱帯や声帯筋に相当するものはなく、雑音のような音は作り出せたとしても、音程を変化させられるようなしくみはありません。ただ仮声帯という名前と、ファルセット(日本語では仮声とも言います)が一致して、勘違いされたのだと思います。
この勘違いが間違いだということは仮声帯の構造を知らなくても容易に分かります。発声体が声帯と仮声帯の二つ存在するとすれば、この二つから同時に音が出る瞬間があっても良いはずですが、ヨーデルのように素早く実声ファルセットを繰り返しても決して同時に二つの音が出ることはありません。ということは同じ場所からこの二つの音が出ているとしか考えられません。
長くなってしまいましたが、有名な先生であっても間違いがよくあるということ、そしてよく考えると気付く間違いも多いということはいつも考える必要があります。
喉を開けることが空間を広げることだと勘違いしたときの問題点~発声の情報を見分ける6
さて本題です。声は声帯筋の伸展のぐあいと閉鎖のぐあいのみから作り出されます。喉が開いていないと感じるときには声帯の伸展が足りないときで、音がクリアではなかったり、音量が小さいときには声帯筋等の閉鎖の力が弱いことが原因になります。発声のトレーニングはこの二つを自在に使えるような練習に他ありません。
喉を開けるのは主に輪状甲状筋など外喉頭筋が使われます。そして喉を閉めるのは声帯内筋が使われます。具体的な筋肉の場所などについては別の記事をご参照ください。声帯にとても近い筋肉が声帯を閉じるのに使われ、やや遠い筋肉がいくつか組み合わさって声帯を引き伸ばすと考えて良いかと思います。ここでとても重要なことが一つあります。これらの筋肉はそれぞれ別の独立した筋肉であるということです。伸展は強く閉鎖の弱い音(ファルセットのような声)、伸展が弱く閉鎖の強い音(喉っぽい声)など自在に声を作り出せるようになります。もし同じ筋肉が閉鎖にも伸展にも関与しているとすれば、これらを自在にコントロールすることはとても難しいか、不可能になります。とても繊細にコントロールされた歌を歌える歌手がいるということはこれらの独立した筋肉は極限まで自在に動かすことが出来るという証明になると思います。
閉鎖筋と伸展筋が別の筋肉だということから、そのコントロールは自在に出来るはずだと分かっていただけると思いますが、実際はそう簡単ではありません。例えば声門閉鎖の強い(喉がしっかり閉じているとき)ときには閉鎖そのものや音の振動の強さからそれなりのストレスを声帯は感じます。その時でも十分に声帯は伸展させられているのか足りないのかの判断をしなければなりません。レッスンでは閉鎖の弱い状態で伸展を自覚すること、その時の特徴を知った上で、強い閉鎖を加えていく等を経験することによって、だんだんと明確な違いが分かるようになっていきます。
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