プッチーニのオペラ「トゥーランドット」第3幕で歌われるアリアです。なんとかこの曲を歌えるようになりたいと思うテノールの方も多いと思います。最後のHの音がなかなか大変ですが、歌いたいという思いが少しずつ課題をクリアする力になりますので、少しずつ練習していって下さい。どうしても最後の音に注目しがちですが、とても興味深い作曲のされ方が見られますので、他のところに一度書いた内容と同じですが、こちらにものせておきます。
この曲はGdur(ト長調)で始まりますが、始まってから延々と9小節ほぼ同じ和音の繰り返しでできています。このような繰り返しは劇が動いていないことを意味します。この曲のように和音が何小節にもわたって繰り返されることは珍しいですが、ベースの音が数小節同じということはよくあります。内容に変化が無い状態ですが、穏やかに変化が無いときにも、緩むことなく緊張が持続することで、変化へのエネルギーが溜まっていくときにも使われます。
とにかくこの曲の最初は穏やかです。しかし4拍目の和音は何とも不思議な響きがします。ト長調は基本的にファ♯以外は♯も♭も出てきませんが、この曲ではミ♭とシ♭が頻繁に出てきます。どなたか和声に詳しい方がこの和音の説明をしてくださるとうれしいのですが、同主短調gmoll(ト短調)の主和音と5度の和音(属和音)が混ざったような性格に感じられます。とても珍しい和音です。静かな中に、何かただならぬ雰囲気が感じられます。
さらに最初の9小節に、それぞれのフレーズが下降する音形でできているという特徴が見られます。これも始まりの穏やかさと、何ともいえぬ緊張感が潜められている感じがします。最高音はFis(ファ♯)言葉はguardi(星々を)見るという部分です。
10小節目から音楽はぐっと変化していきます。メロディーは上行形を始めます。和音もどんどん変化するし、属調Ddur(ニ長調)へ転調します。属調転調は音楽の発展を意味しますので、ここからドラマッティックに音楽は進みます。最初のフレーズで9小節目までの最高音Fisに達し、次のフレーズでそれを破りGに行き、さらに次のフレーズでその上A(言葉はbocca唇-自分の名も愛も伝える唇)までたどり着いたところで、この部分はピークを迎えます。
17小節目でまた最初のGdurに戻り、そこから5小節最初のような音楽になります。22小節目で10小節目と同じ属調転調(シャープが一つ増える)し、そのまま最後までDdurは続きます。
4小節の間奏で10小節目と同じ音楽を歌なしで演奏された後、歌が合流します。最初のフレーズで、前回までの最高音Aにたどり着きます。一度下降してエネルギーを蓄えたら、最後のHの音まで一気に駆け上がります。言葉はVincero!勝利です。
最後の緊張の高いHの音に向けて、動きのない下降音形中心の最初の部分。属調に転調して上行音形への転換。最後のHの音の2度下のAの音までたどり着き、また最初の部分のような音楽に一度戻り、また最後の部分に向けて属調転調。もうすでに一度歌われた形なので、最初はオケのみで演奏されます。声を休めるにも好都合ですが、主役の登場へのお膳立てのような役割もあります。前の部分の最高音Aまでたどり着いたら一度音程を下げていきます。充分に舞台が整えられたところで、一気に最高音Hに向かって駆け上がっていきます。
とても上手く劇が音楽で表現されています。オペラのみならず、映画などでも音楽が優れていると全然違うものになりますね。また優れた音楽家は、音を構築させていく能力だけではなく、音楽の劇性を上手く表現できます。
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