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燃えるような恋をしないとオペラなんか歌えない説について~声楽曲15

 アリアのレッスンで「もっと恋をしなさい。」といったようなことを言われたことのある人も多いかと思います。果たして恋をしないと本当に良い歌は歌えないのでしょうか?答えはNoです。極論になってしまいますが、恋をしなければ恋の歌は歌えないとしたら、一度死んでみないと死んでしまう役の歌は歌えない、人を殺してしまう歌を歌うためには一人くらい殺してみないと分からないということになってしまいます。

 それでも体験できるものは体験した方が良いということもあるかもしれませんが、どんなに苦しい恋愛体験があっても、例えば蝶々夫人がピンカートンをひたすら待っている時の気持ちは全く物のものです。自分の体験に引き寄せてしまうと、それこそ違うものになってしまいます。近い体験があるからこそ体験が邪魔をすることもあります。

 ではどうすればその役に近づくことが出来るかということになりますが、想像力につきます。自分の頭の中で、もちろん心も使って体験していくのです。先日自由について書きましたが、自由であるように感じていてもなかなか本当に自由にはなれないものです。今までの経験や社会的な常識が自由な想像を邪魔して、より深く物事を見ることを邪魔してしまいます。

 先ほどの蝶々夫人を考えてみます。彼女がたまたまアメリカの軍人と恋に落ちたために不幸な別れが訪れてしまった。その苦しみや悲しみを歌おうと考えることも出来ます。もちろんこれも正しいですが、蝶々夫人が彼が帰って来るという夢を持ち、それをなくさなかったことがこの悲劇の元にあったことを忘れてはなりません。夢を持つこと、また持ち続けることは素敵なことだという常識があるかもしれません。しかしそれは常に現状に満足しない、何かが欠けている状態でもあります。夢を持つことを否定するものではありませんが、その背後には悲劇があることもあるのです。そしてその欠けたもの“彼”を求め続けることが、喜びでもあり、心地よさでもあったのです。単に不幸を歌うだけではなく、喜びがなければなりません。蝶々夫人を想像の中で体験することによって、より彼女に近づいていけるのだと思います。実際の体験はどうでも良いことです。