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イの母音もしくは横に引っ張る力~練習の目標35

軟口蓋を持ち上げる(このことは他でも書いていますので、理解されている方は次に進んでください)

 発声は声帯を引き伸ばす力と声帯を閉じる力のバランスのみでコントロールされます。当然のことではありますが、これがしっかりと実感できれば、色々な発声のトラブルについて正しく考えることが出来るようになります。例えば軟口蓋を持ち上げることについてはほとんどの声楽家が賛同することだと思いますが、このことが声帯を引き伸ばす事、または声帯を閉じる事にどのように関与するのかさえ分かれば、どうなれば軟口蓋を持ち上げたことになるのかが分かります。軟口蓋については軟口蓋を持ち上げると鼻腔が広がり、鼻腔共鳴が強くなるといった表現をされますが、論理的におかしいことに気付きます。まず軟口蓋はしっかりとした骨があるところです。これが容易に上下しては困ります。また仮に軟口蓋が持ち上がったとしたら、鼻腔に関しては床が上がってしまうことになりますので、鼻腔のスペースは狭くなります。さらに本当にスペースが広がると響きが増えるのかという問題もあります。小さな生き物もとても大きな声を出しますよね。それでも軟口蓋を引き上げようとしながら歌うと良い声になるのも事実です。つまり、軟口蓋を引き上げようとすることは、軟口蓋が引き上げられることでも、鼻腔のスペースを広げることでもなく、声帯にどのような影響を与えるかを考える必要があります。軟口蓋を引き上げようとしても大きな声にはなりません。声帯の閉鎖が強くなったわけではないということです。しかし響きが良くなります。これは声帯が引き伸ばされたときの特徴です。つまり、軟口蓋を持ち上げようとすることで、声帯が引き伸ばされれば良い練習が出来たことになり、持ち上げようと努力しても声帯が引き伸ばされなければ、効果は無いということになります。論理的に間違っていても効果がある練習は採用したら良いのではないかと思いますが、本当に軟口蓋が上がると信じて練習すると無駄に時間を取られてしまうことになります。

もっと喉を開けてと言われるイの母音

 軟口蓋について長々と書きましたが、すべての練習メニューについてどのように声帯に影響を与えるか考えていくと、それぞれの練習の目標や必要性、もしくはその練習メニューの欠点が見えてきます。これからは「イの母音」について考えてみます。「イ」の発音の時に、もっと喉を開けてと言われたことのある人は結構多いのではないでしょうか?「イ」の母音によって声帯がより強く閉じられることは容易に分かると思います。そして声帯が強く閉じられると、少なからず声帯を短くする方向に力が入りますので、「イ」の母音の時に引き伸ばす力が足りずに、もっと喉を開けてと注意されることになるのです。しかし、実際には正反対のことが起こります。

イの母音だからこそ喉が開くことがある

 発声において音域を広げることはとても重要な要素になります。この時最低音はあまり変わらず、最高音がどんどん上げられて、音域が広がっていくことになるのですが、その時に最初に限界以上の高い音が出始めるときの母音があります。「ウ」「ア」の母音が多いのですが、「イ」の母音であることも少なくはありません。さらに一瞬出た音を少し長く伸ばせるようになるときには「イ」の母音であることが多々あります。声帯が引き伸ばされる方向は前下と後上の方向です。前後で引っ張られそうですが、声帯は傾きながら引き伸ばされますので、前側は下向き、後ろ側は上向きに力が入ります。「イ」の母音の特徴である横に引っ張る力はここにはいっさい出てきません。しかし実際には横に口を引っ張る力が声帯を縦に引っ張る方向に関与することがあります。とても興味深いことです。「イ」の母音で、口が横に引っ張られるだけではなく、鎖骨の真ん中も横に広がるように力が入ると、鎖骨の間に沈み込むような力を感じます。これが限界を超えて声帯を引っ張っていくときに一番大切な力なのです。論理的に考えるだけでは横に引っ張る力が声帯筋の伸展を強化するなど想像できないのですが、実際にはとても有効な手段だったりすることもあります。少し難しい事ではありますが、現象としてあるものを論理で否定すべきではなく、すべてを受け入れてその後で論理的に考えることが大切なのではないかと日々考えています。