スペインのマヨルカ島に2週間ほど勉強に行ったときに、皆さんとても素晴らしい音楽家ばかりだったのですが、ずば抜けてすごい人が一人いました。小澤征爾さんのオペラの公演でタイトルロールを歌ったことがある経歴のソプラノの方で、おそらく契約上の問題があるのでしょう、レッスンの聴講は出来ませんでしたが、最終日のコンサートで数曲歌ってくれました。そのホールが残念ながら響きが悪く、みんな一生懸命音を響かせようと頑張って演奏していたのですが、そのソプラノ歌手は決して大きな音ではなく、ピアニッシモなのにホールの全体に隅々まで伝わっていく静かな音を聞かせてくれました。その瞬間はホールの響きの悪さを全く感じず、ずっとこの音を聞いていたいと思うような時間でした。
前回の音を飛ばすのは息を飛ばすことでは無いことについてで息の量と音飛びについては関係が無いことを書きました。それでも確かにホールでよく届く音とそうでは無い音があります。そのために必要なことが2つあります。一つは単純に音量です。もう一つは声帯の振動がきれいになることです。
音を飛ばすのは息を飛ばすことでは無いことについて~発声のしくみ41
音量は声帯の閉鎖の強さが大きく関与します。2本の声帯の閉じ方の強さです。あまり発声でこのことを強調している話を聞きませんが、絶対に必要なことです。脱力が必要だとか、喉声はだめだとかという話は共感を得やすいのだと思いますが、本当にこのことを忠実に守っていくと、声帯が極力柔らかく接した状態だけになってしまいますので、音量は望めなくなってしまいます。また別の機会に詳しく書こうと思いますが、とにかく声帯が強くふれあうことは音が遠くまで響くのに大きく関係しています。
もう一つ大事なことは声帯の振動がきれいになることです。声帯の振動の様子は耳鼻科に行くと動画で見ることが出来ます。高速で声帯が振動しているのが見られますが、これを録画してスロー再生してみると振動の様子がよく分かります。通常の話し声をスロー再生すると、バタバタと不規則に声帯がぶつかり合っているのが見られますが、きれいな発声が出来ていると、とてもきれいに規則的に声帯の開閉が繰り返されている様子が分かります。このきれいにな振動が、遠くに音を届けるもう一つの条件になります。
きれいな振動の声帯にするためには、2本の声帯がある程度の力でしっかりを引っ張られている必要があります。ギターの弦を想像してみると分かると思います。糸巻きを完全に緩めてしまうと音程の分からない小さな音しかしませんが、しっかりと閉めていくとだんだんと音程が分かる音になり、きれいな響きになっていきます。歌の世界ではこのことを喉を開くといっています。最初に例を挙げたソプラノの方もとてもきれいな振動の声帯の作れていたはずです。さらにピアニッシモでも割と声量もあったのではないかと思います。しかしあまりにきれいに振動が作れているので、静かな音に感じられ、さらに全く音の無い状態への移行もスムーズで、ピアニッシモなのに、響きの悪いホールの隅々までよく響き渡るといった、魔法のような音が作れたのだと思います。
特別素晴らしい声は特別な声帯や発声で出来るのではなく、正しい発声がものすごいレベルで行われているだけです。
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