最近プロはみんな胸式呼吸をしているという話を聞いたので、前回はそのことについての記事を書きました。呼吸では息をどう吐いていくかが声には直接影響を与えるもので、吸い方を第一に考える必要はありません。しかし絶対に腹式呼吸では無ければならないといった意見の中に、誰も考えなかった胸式呼吸でなければならないといった意見が出てくると、常識の縛りから自由になり、考えるきっかけになる可能性があることなどを書きました。
吐き方が圧倒的に大切なのですが、吸い方はどうでも良いということではないので、今回は吸い方について少し書いてみます。結論から言うと息はできるだけ下に吸った方が良いです。下といっても実際に息は肺にしかたまりませんので、お腹に吸うことすら出来ないのですが、イメージとしてはお尻とか足に吸っていくような感じです。以前声楽家へのインタビューでどのように発声をしていますかという質問に対し、膝で歌っていると答えるのを聞いたことがあります。繰り返しますが、膝に息は入りません。それでもお尻や足に息が入っていくようなイメージで吸っていきます。
息をより深く(下に)吸うと重心は下がります。やや膝を曲げた姿勢になります。そうすると、次に息を吐く時にはその姿勢が戻っていくように、膝が伸びていくように出ていきます。この時に下腹部に力が入り、息の方向は下から上へと感じられます。この呼吸の土台があると、声帯は自然に引き伸ばされていきますので、いわゆる喉を開けるという運動を助けてくれます。声を出し続けるためにどうしても声帯は短くなってしまいますが、この運動が入ることによって、声帯が引き伸ばされるようになるわけです。逆に背が伸びる方向に息を吸うと息を吐く時にそれを戻さなくてはならなくなります。つまり、吐く時に上から下に力が働きます。そうすると、声帯は短くなるように働いてしまいますので、音を伸ばすことでただでさえ短くなっていく声帯をさらに同じ方向に動かしてしまうことになるわけです。結果的に喉っぽい声になったり、ひどい場合は伸ばしていると音程が下がり、息も続かなくなってしまいます。また声区の移動が困難になり、チェンジが上手く出来なくなります。
深く息を吸って、膝が伸びる方向で息を吐いた時に下腹部に力が菜いりますが、ここが丹田と言われている部分です。日本の伝統的な芸能ではこの丹田がとても大切だと言われます。さらに日本舞踊でも、能や歌舞伎等の演劇でもやや中腰の姿勢を長く続けることが多いです。とても大変だと思いますが、この姿勢と丹田の考え方はつながるものがあります。丹田は息の流出の拠点としてとても大切な部分です。しかし、横隔膜とは役割が違いますので、丹田で音楽の表情を変えたりするものではありません。安定して長い息を持続させる役割と、先ほどの声帯の伸展に関する手助けをします。
ここで一つ問題が出てきます。膝を曲げる方向で息を吸い、膝が伸びる方向で息を吐くのだとしてたら、常に体は上下するはずですが、実際にそのように歌う人はいません。これは丁度逆の運動が他の要素で起こるからです。それが横隔膜です。基本的に横隔膜に力を入れる時に、上から下に運動します。この二つの力が拮抗することにより、ほとんど上下すること無く歌っていけることになります。
それでも柔らかい音楽を歌う時には横隔膜の運動はやや弱くなるし、逆に力強い音楽の場合は横隔膜の方が丹田からの息の流出の運動より強く動きます。丹田からの運動は最終的にはかかとが浮いて前傾姿勢になりますが、柔らかい音楽はやや前傾姿勢で歌われ、力強い音楽はそれよりも重心は後ろにかかり、やや胸を張ったような姿勢になります。このように変化するものなので、正しい姿勢はこうだと(例えば両足の中心に均等に重さが乗った状態など)決めつけるのは正しいやり方では無いです。
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