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不安定な声~発声のしくみ66

 

声の良し悪し

 声の良し悪しの判断材料にいくつかあります。真っ先に出てくるのが音域です。良い状態であれば2オクターブ以上の音域になりますが、何かしらトラブルがあると1オクターブくらいしか無い事もあります。次に出てくるのが音量です。ピアノからフォルテまで使えるかどうかと言うことですが、最初の段階としてはある程度音量の変化が出来る事が必要になります。そして息の長さが次に来ます。これも最初の段階としては10秒くらい続くかどうかが基準になります。この3つに問題があれば早急に対処する必要があります。これらに関しては色々な段階があって、レベルが上がってきたら、音域は2オクターブ半から3オクターブほしいし、音量は大きなホールでも圧倒できるような強さを持つ声がほしいし、フレーズも30秒くらい続くようになると色々な表現が出来ます。それぞれの段階で今どのくらいのテクニックが必要なのかを見極めながら必要なトレーニングをすることが必要になります。

もう一つの要素

 この3つの要素の次に必要なことが音の安定感です。安定感にも色々なレベルがありますが、お客さんの立場から考えると、十分に安定していると音程がキープできないかもしれないとか、音質が変わってしまうとかの不安な要素が演奏の中に無くなりますので、これだけでとても安心して聞ける声になります。逆に少し不安定な声だと、大丈夫だろうかと思わせてしまいますし、さらに不安定だと音楽を聴くことに集中できないくらいになってしまいます。当然歌っている人も不安定との戦いに終始することになります。ですので、音の安定感もとても大切な要素の一つとなります。さらに音の安定感が強いと、最初に出した3つの要素は既にクリアされています。すごく安定した声を出せる人は音域も広いし、強弱もつくし、長いフレーズも歌えます。逆に言うと安定した声が出せるということは声に必要なすべての要素を網羅しているのです。ですので、これは本来とても難しい事でもあります。

不安定な声の原因

 ではなぜ不安定な声になるのかということになりますが、これは声帯が不安定になるからです。不安定すぎて思ったようにコントロールできなくなるため、音程をキープすること、自由に強弱の変化をさせることなどが困難になっていきます。ということですので、対処法は簡単です。声帯を安定させれば良いということになります。ただ、これは簡単なことではありません。それは声帯の状態は音を出しているときに常に変化し続けているからです。変化をしている前提で安定させなければならないというとても難しい事に挑戦することになります。どの一瞬を取ってみても、直前と違う声帯の状態になりますので、その瞬間瞬間に新しい安定を作り続けなくてはならないのです。

 声帯の状態が常に変化をしているというのはことさら音量を変えたり、音色を変えたりということではありません。音を伸ばしていると声帯は短くなる方向に力が加えられ続けます。そこでそれに反抗して声帯を伸ばし続けなければ、音程は下がっていくことになります。このようなことの繰り返しなので、その中での安定感はなかなか難しい事になります。別の言い方をすれば、声帯の状態を常に自在に変化させられなければ、声帯は安定しません。

止めようとして不安定になる

 テレビ番組で食べ物を映すときに、箸で一口つまんで持ち上げて静止させてゆっくり見せることがありますが、通常だと何の問題もなく出来ることなのに、数秒静止させないといけないと思うと、手が震えてなかなか上手くいかないそうです。不安定な声を安定させなければと思うことは、これに似た現象が起こります。安定させようと思えば思うほどより不安定になってしまいます。レッスンで先生が音の揺れを止めなさいと指示することはこのようなことを引き起こす危険性があります。指導者はこの危険性を知った上で指導しなければなりません。不安定な声になってしまっている人にヴィブラートを止めなさいと指示することは、高い音が出ない人に高い音を出しなさいといっているようなもので、そう簡単にできることではないし、それが出来ないことのプレッシャーのみが大きくなって逆効果があり得ることを考えなければなりません。もちろんごくまれに集中することで安定した声を獲得することもありますが、たまたま上手くいったと考えた方が良いです。そういかなかった大多数の方が、とても大きな劣等感を感じながら歌いたいのに歌いない苦しさを感じ続ける可能性があることを無視してはいけません。

解決方法(声帯の伸展)

 ではどのように解決していけば良いかということですが、実はとても難しい事です。丁寧に一つずつクリアしていく課題があります。まずは声帯の伸展が自在に出来ることです。伸展に関しては確実に自覚できますので、まずは正しく自覚することから始めます。その間、音が不安定であっても無視します。伸展が分かったら、2度音程のように近い音程であっても必ず声帯の張力を変えながら発声をする癖を付けていきます。これが出来ると発声のあいだは声が安定するようになります。またこの過程で少し長く音が出せるようになるともっと良いです。10秒くらいの息が続かないのは息はまだあるのに音をキープ出来なくなり、止めてしまうケースが一番多いです。音を出し続けるためには声帯が閉まり続けなければなりません。このことが声帯を縮める方に力を加えることになりますので、それに反して、音を伸ばすためには声帯を伸ばし続けなければなりません。声帯の伸展運動が自在になるとこれが出来るようになりますので、自然にフレーズが長くなります。長いフレーズが続かなくなる次の原因は息漏れですがこれは別の機会に書きます。

解決方法(声門閉鎖)

 ここまでで随分と安定した声になるはずですが、さらにグレ-ドアップさせるためには強弱の変化の練習をします。音程を高くしたときに少し強く、低くしたときに弱くする練習をします。これが出来ると声帯の閉鎖を自由に変化させられるようになります。伸展と閉鎖のコントロールが出来ると声帯を完全にコントロールできますので、これでも不安定になるということはありません。

動かすことで安定させる

 さて不安定な声が聞こえたときにヴィブラートを止めなさいと言われることがありますが、必要なのは何かを止めることではなく、自由に動く筋肉を作ることだということが分かっていただけるのではないかと思います。しかし、止めなさいという言葉が、自在に動こうとしている筋肉を硬直させてしまい、より不安定な音を作り出してしまう恐れがあることを、指導者は理解する必要があります。