Mondnacht
Es war,als hätt’ der Himmel,
Die Erde still geküßt,
Daß sie im Blütenschimmer
Von ihm nur träumen müßt.
Die Luft ging durch die Felder,
Die Ähren wogten sacht,
Es rauschten leis die Wälder,
So sternklar war die Nacht.
Und meine Seele spannte
Weit ihre Flügel aus,
Flog durch die stillen Lande,
Als flöge sie nach Haus.
月の夜
それはまるで空が
大地と口づけをしたかのようだ、
大地が花の輝きの中で、
空だけを夢見ずにはいられないように。
風は野を渡り、
穂はやさしく揺れた、
森は静かにざわめき、
夜は星明かりで輝いていた。
そして私の心は
翼を広げ、
静かな町を抜け飛んでいく、
まるで家に帰っていくように。
もっとも美しいシューマンの歌曲の一つです。夜は危うい時間帯で、生と死が交錯する詩などは夜の景色の中で書かれることが 多いのですが、この詩は全く違います。夜の暗闇の中だからこそ純粋に輝く光が感じられたり、夜の静けさの中だから心に深く届くざわめきがあったり、夜だからこそ見られる夢があるのだと思います。
またホ長調に戻ってきました。しかし、主和音はなかなか出てきません。最初の主和音は10小節目です。前奏の間はずっと属和音が続きます。普通は属和音があると主和音を期待する響きが強く感じられるものですが、この曲の場合あまりにも属和音が長く続くために、属和音が安定し て感じられる、何とも不思議な感じがします。
それから前奏は多声音楽のようにいくつかの声部が絡まりながら始まります。最初の低いHの音から次 の4オクターブ以上離れたCisの音は最初の歌詞にある大地と空の隔たりでもあり、現実と夢の隔たりでもあります。そしてそれらは絡まりながら一つの音 (5小節目のHの音)に集まります。(まるで天と地が口づけをしたかのように)
音楽はこの一体感の中から新しく生まれていきます。
この曲のメロディーはほとんど、彼の夢の先にあるものへの憧れのように上行して始まります。最初からこの曲の最高音Fisにたどり着き、最後に落ち着く先は第5音Hの音です。これが4回繰り返され、5回目(詩の第3節)から変化します。ここからしつこくクレッシェンドが繰り返され、憧れの先にあるものをしっかりとつかもうとするように、じわじわと最高音のFisに向かいます。最後の音でやっと主音に解決します。
歌が始まると、2度調の属和音から2の和音、属和音、主和音と確実にホ長調を作っていきます。ここでおそらくシューマンは 意図的にだと思いますが、結婚を意味する音を描きます。結婚はドイツ語でEheといいますが、E,H,Eの3つの音(ミ、シ、ミ)が10小節目のベースに 出てきます。大地と空の結婚だし、夢と現実の結婚だし、大変な困難の末のシューマンとクララの結婚なのだと思います。この最初のフレーズは前奏と同じ間奏 を挟んで、4回繰り返されます。
44小節目から音楽は変化していき、「心が翼を広げる」と歌うシーンで奇跡の起こる予感が描か れます。第1曲目で歌われた、もう彼とは何の接点も持たなくなった故郷の代わりに、彼を誘ってくれるかのように彼の心が安心できる居場所を見つけます。低い音に向かってHaus(家)が歌われることにより、単に夢の世界の出来事ではなく、この奇跡が実現したかのように感じられ ます。
最後はクレッシェンドしてたどり着くのが低いEの音なので、歌いにくいところです。これが高いEの音であれば逆に歌いやすいところですが、彼の想いがたどり着いた世界が緊張状態の世界になってしまいます。詩では彼がたどり着くのはHaus(家)ですので、そこにはしあわせな暮らしがあります。低い落ち着いた音である必要があるのです。
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