シューベルトの「魔王」は特に日本ではもっとも有名な歌曲の一つだと思います。中学校の音楽の時間にとても衝撃を持って聴いた経験のある方も多いと思います。とてもピアノ伴奏が難しいのですが、演奏会で取り上げると喜んで聴いて頂ける曲の一つです。
冒頭で三連符のG音の連打(この連打がピアニスト泣かせの部分です)があります。激しい嵐の中、子供を抱えて馬を走らせる父親の状況がfで演奏されるように書かれています。ちなみにこの曲はシューベルト18歳の時の作品です。
今はこの曲を演奏するときに第4稿の楽譜を使います。つまり最初の楽譜が書かれてから3回校正されているわけです。この曲の詩はゲーテによるもので、 シューベルトは友達の助けを借りて、ゲーテものとへ魔王の楽譜を送っています。駆け出しの作曲家であったシューベルトが、当時の文学だけにとどまらない、 あらゆる芸術の、また政治の実力者であったゲーテに認められるということは、これからの人生において大きな意味を持つことなので、力作である魔王を含めた 数曲を送りました。その際演奏困難な三連符は普通の八分音符に書き換えて送られたのですが、(その楽譜が第3稿です)結果は残念ながら、ゲーテから返事を もらうことは出来ませんでした。理由は推測するしかないのですが、ゲーテにとって詩は完成された作品で、そこに曲を付ける時はごく単純な有節歌曲が望まし く、それ以上に大げさな表現を好まなかったのかもしれません。下は第3稿(手書き)と第4稿の最初の部分の楽譜です。
第3稿です。冒頭が pp さらに3連符ではありません。
第4稿。三連符で始まり、最初が f になっています。
最初の3つの版はすべて冒頭はppの指示がされています。誰もいるはずのない嵐の夜に、遠くの方から馬の蹄の音が聞こえてくるわけですからppで始まるのはよく分かることだと思います。しかし第4稿で初めてfの指示に変わります。これにより嵐 の激しさも、ただならぬ状況も一挙に押し寄せてきます。劇としてはずっと面白くなってくると思います。
しかしだんだん緊張感が高まっていく曲を作っていくとき、最初にfを出してしまうと、その後が困ってしまいそうです。またこの曲の最高音はGで、最後に 子供が絶叫する部分で使われています。しかしそれだけではなく、最初の語りの部分ですでに1回使われます。もちろん普通なら最高音は最後に向けて大事に 取っておくものだと思うのですが・・・。
しかし、それぞれの登場人物の綿密な心理描写や、転調の方向性など、とてもしっかりとした構成のため緊張感はどんどんクライマックスに向けて高まっていきます。
一気に書き上げられたという逸話が残されてはいますが、単に興奮状態の中作られたのではなく、まだ若いシューベルトが非常に冷静に劇を作り上げていったことが想像できます。
もしシューベルトが第3稿までしか楽譜を残さなかったとしても、冒頭をfで演奏する事は許されるはずだと思います。
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