理想的な発声法にベルカントと言われているものがあります。直訳すると「美しい歌」といった意味で、1700年代から1800年代の前半までの発声法を指します。現代ではそれが本当はどういったものだったのか正確には分かりませんが、現存する文献や楽譜などから想像されています。
広い音域を使いこなしていただけでは無く、最高音から最低音まで自由に音量を変えられ、さらにとても長いフレーズを一息で歌っていたり、とても技巧的な速いパッセージを簡単に歌いこなしていたといわれています。最低音からトリルで半音ずつ上げながらmessa di voce(ppからクレッシェンドしてff、またデクレッシェンドしてppにする)で最高音までを一息で歌っていたという話も残っているようですが、さすがに疑わしいとも思います。
練習は中間域をすべての母音で安定して歌えるところから始まり、次に声区をしっかり分けることにより音域を広げ、最終的には一つの声区であるかのように分かれた声区をつなげていくようになされていたようです。
練習の過程も目的も今でも理想とされるもので、参考にすべきものがたくさんあるように思いますし、私のレッスンでも声に関してはほとんど同じ課程で進めていきます。
今でもベルカントの正統な後継者だと主張する人もいるようですが、何が正当なのかも分からないし、おそらく当時でも指導者によって違う方法、目的を持っていたでしょうから、正しいベルカントを一つに絞ることなど出来ないでしょう。何が正統なのかを過去に戻って考えることは無意味であるように思います。
また、理想的に思えるベルカントがそのまま継承されなかった理由も重要です。オペラの舞台でも歌手は自分の技術をひけらかすために、アリアの中で、技巧的なフレーズを長々と歌っていたので、凄いテクニックだったのでしょうが、オペラの内容に沿ったものでは無く、音楽的には意味のないものだったようです。テクニックはあくまでも表現の手段であり、テクニックのためのテクニックになってしまっては衰退するのも分かります。
昔は良かったと固執しすぎるのも、逆に全く無視してしまうのもあまり良くないように思います。古いものは時代のふるいにかけられ、良いものが残っているケースが多いですが、そこから新しい時代の人たちはさらに磨きをかけてより良いものにしようとしていきます。ただし間違ったものや、取るに足らないものも同時に存在します。自分の目で耳でしっかりと捉え考えることが常に必要な気がします。
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