先日生徒さんと話をしていて、声帯が閉じる働きはベルヌーイの定理と関係があるのではないかという説があると聞きましたので、少し考えてみます。ベルヌーイの定理は何かという話から入ります。あまり詳しくはないのですが、ネットで調べたところ次のようなもののようです。2枚の短い短冊状の紙をほんの少し隙間が空くようにして向かい合わせにして口の前につるします。そしてその隙間に息を吹きかけるとこの短冊状の紙が引き寄せられるといった現象です。紙の間に息を吹きかけたときに紙に一番近い空気は紙に引っ張られて遅く動きます。そのため紙の中央付近の空気は早く流れます。その結果中央の圧力が下がり、紙は引き寄せられるといったものです。この説明で分かるでしょうか。(ベルヌーイの定理で検索すると、動画等もあると思います。)
このしくみのみで声帯の閉鎖が行われるのだとすれば、声帯を閉じるために全く力を加える必要はないという事になります。脱力が何よりも大切なんだという考えに基づくと、とても素敵な理論になります。声帯の間にきれいに息を通す事さえ出来れば、自然に声帯は閉じられるので、究極の脱力が出来そうです。しかしおそらくこの定理と声帯の閉鎖は全く関係がないか、ほんのわずかしか関係がないと思われます。しかし、関係がないとはっきり言えるような証拠は持っていません。科学者であれば疑わしいものであってもそれを実験等を経て実証すべきですが、私たちにはそのような事は出来ません。今ある情報で考えていくしかないので考えてみます。
まず、ベルヌーイの定理では2枚の紙の間の圧力が下がり、紙の外側の圧力に押されてくっつく事になります。薄い紙、もしくはとても軽いものという条件がつきます。実際に声帯の間を息が流れる事によって、2本の声帯靱帯の間の圧力が下がったとします。しかしこの声帯靱帯の外側にはしっかりとした声帯筋(図では声唇)がついています。気圧で押されてくっつくとしたら声帯筋がとても邪魔です。
さらに、ベルヌーイの定理で容易に声帯が閉じるとしたら、通常の呼吸で声帯が閉じてしまって苦しくなる事が起こりえます。通常の呼吸では隙間が大きすぎてこの現象は起こらなかったとしても、声帯を近づけて呼吸する事は可能ですが、それでもたまに声帯が閉じてしまうといった事は起こりません。
もう一つ、声帯の閉鎖がベルヌーイの定理によるとしたら、最初にほんの少し息だけの時間が必要になります。息が動き出してもすぐには音にならないという事ですが、良い発声が出来ていると最初に息が聞こえる事はありません。とても短い時間で聞き取れないだけなのかもしれませんが、紙を近づけた実験でもはっきりと紙の動きが分かるくらい時間がかかります。息から音になるのに同じくらい時間がかかるのであれば、聞き取れるはずです。
このような話が出てくるのは脱力がとても大切なんだという事からだと思われます。大きな声や高い声を出すのに力がいらないわけはありませんが、いろんな発声に必要な筋肉が無駄なくつながって動くようになると、思ったよりも楽に声を出す事が出来ます。つまり、脱力できたように感じてしまうのですが、脱力ではなく、効率よく声帯を引き伸ばしたり、声帯を閉じたり出来るようになっただけの事です。発声の歴史はとても長いです。その中で効果的な練習は残り、そうでないものはなくなってきました。新しい考え方が出てきて、それが魅力的に感じられると飛びつきたくなりますが、そのような事はめったにないのかもしれません。
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