Ansatzアンザッツのことを日本では「あたり」といいます。Anは英語のatとかonに近い意味で、ピンポイントの場所やその場所に接触しているような意味になります。さらに、「あたり」というときにも明確な場所が必要になります。そう考えたときにフースラーの2種類の3番のアンザッツ(鼻の付け根)には明確な場所の違いが見つからないために、分からないと思う人も多いのではないかと思います。またフースラーの本を知らない人も、おそらく一番多く、さらに一番最初に習う事の多い鼻付近に音を感じるときに、2種類の違いを知っていると分かりやすいのではないかと思います。
「あたり」は場所の違いで感じられるものですが、本来は場所の違いは大きな意味を持ちません。声帯がある形を取ったときにたまたまあたりの位置に音を感じるということに過ぎません。例えば声帯をギリギリまで薄く引き伸ばし、ファルセットになる直前のような音を出すと、響きは頭頂(頭のてっぺん)に感じられます。それを利用して、頭頂に響きを感じるようにすることによって、閉鎖を弱くしてできるだけ薄い状態の声帯を作り出すといった感じです。
さて鼻の付け根の2種類の「あたり」ですが、微妙に場所の違いがあるわけではなく、声帯の状態が違います。通常鼻の付け根に響きを集めていくと、とても力強い音が出ます。大きな音を出すためにもこの「あたり」は使われます。大きな音を出すためには声帯がしっかりと厚く閉じられなければなりません。しかし、無理してそのような声帯を作り出すと、響きが落ちて、ざらついた音になったり、音程が下がりやすくなってしまいます。そのときに鼻の付け根に響きを持って行くと、ある程度の声帯の伸展が起こるので、音程や響きを保つことが可能になります。これが鼻の付け根の一つのアンザッツです。
フースラーのアンザッツ(あたり)の発声での実践~発声のしくみ59
先ほどのアンザッツは力強い音でしたが、鼻の付け根に柔らかい音を感じることも可能です。例えばフランス語の鼻母音を発音する感じや、日本語で鼻濁音を発音するときのように鼻に抜ける響きでありながら、柔らかい響きを感じることが出来ます。鼻濁音は濁点の持つ音の鋭さを緩和するために「が」を「んが」のように発音することによって柔らかい音に変えるものです。この柔らかい鼻に抜ける音がもう一つの3番のアンザッツです。鼻にかかったような声とか、口を開けたハミングのような感じです。この場合に声帯はある程度引き伸ばされますが、声帯中央の閉鎖はさほど強くなく、柔らかい音になります。
鼻のところに感じる「あたり」は力強い声と柔らかい声の二つがあります。どちらも他の「あたり」に移行しやすいポジションですので、早い時期に練習できると良いでしょう。
そしてこの2つは無段階に片方からもう片方に変化させられます。つまり、柔らかい音からだんだん閉鎖を強くして厚みのある音に変えられるし、逆に厚みのある音から徐々に柔らかい音に変化させることも可能です。鼻の付け根のアンザッツを最初に習うのはこのことも関係します。強弱のつけられる声になるというわけです。
こうなると鼻の付け根のアンザッツだけ練習すれば安定した音は出せるし自在に強弱もつけられるしで、万能にも見えますが、これだけで強弱の変化をつけると、例えばステレオのボリュームを変えるように、音質の変化はなく、音量だけ変化するような強弱が付いてしまいます。音楽表現を考えると少し寂しいですね。
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