子供の頃ヒーローものをよく見ていたのですが、悪いやつがヒーローに退治される形は多少のバリエーションはあるものの、ほぼ同じように進んでいきまので、とても分かりやすく、安心してみていられます。そしてとりわけスカッとして心地良いものです。このような勧善懲悪のドラマは子供向けのものだけではなく、多くの時代劇をはじめとして大人向けのものにも同じようなものはたくさんあるし、途絶えることはありません。しかし現実はそんなに単純ではないことは誰もが知っていることです。その複雑な混乱した現実を作品の中に入れていくので、優れた作品がわかりにくくなってしまうのは避けられないところかもしれません。優れた作品なのに、分かりにくいとそれだけであまりヒット作にはならないものです。良いものを作るのか売れるものを作るのかの葛藤は続きます。この分かりにくい作品をわかりやすく演奏することは、演奏者に課せられた大きな課題の一つだと思います。
本当のことを伝えるには、単純な楽しい、悲しいなどでは表せるものではありません。どうしても難しくなる傾向があります。しかし、わざとややこしくするのとも違います。
前回例に出した、朗読をわかりやすくする方法は色々と思いつくと思います。では音楽をわかりやすくというのはどうすれば良いのでしょうか?いくつか書き出してみます。
- まずは速い曲は速く聞こえるように、遅い曲は遅く聞こえるように、優雅な曲は優雅に、静かな曲は静かに、動きのある曲は動きのあるように等、その曲の特徴がはっきりするようにそれを強調します。
- それぞれのフレーズの始まりは始めりに聞こえるように、ピークはピークを感じるように、終わりは終わりに聞こえるように演奏します。ちょうど句点を感じながら朗読をするのに似ています。
- 1つのフレーズはさらに細かいフレーズの集まりに感じることが多いですので、それぞれに始まりと終わりがあるようにします。これは読点を感じながらの朗読の感じです。
- さらに細かく、単語の音節単位で強弱を付けます。言葉がはっきり伝わります。
- 曲想が変わる瞬間、テンポが変わる時、調性が変わる、強弱が変わるときに、その変化を強調する。
優れた演奏家は1~2回歌ったら、これらのことをすべて把握します。まず1番から。曲の冒頭にAllegroとかAdagioといった表記があります。これが曲の性格を表しますので、Allegroとあれば速く聞こえるように演奏します。Andanteだと心地良いテンポで少し揺れがあるように、Adagioだとゆっくり聞こえるように、さらにcantabile等の表情を表す言葉がつくこともあります。性格を強調するように演奏します。もちろんAllegroだからといってひたすら速ければ良いということもありませんが、速く感じられなければ始まりません。
2,3,4番は同じことをだんだん小さな単位に変えただけです。始まりと終わりをはっきりさせて、音楽の形をはっきりさせることは、演奏においてはとりわけ大切なことです。よく分からない曲でもこれさえ出来ていれば、歌心があるとか、とても表情があるとか、音楽が分かっているとか言われます。(本当は自分ではあまりよくその音楽を理解できていなかったとしてもです) おすすめはしませんが、あまり練習できてないのにレッスンの日が来た時に、フレーズの単位をよりはっきり歌い、さらに言葉の抑揚も少しだけ強調して歌うと、大抵よく勉強してきたと思われます。単語の意味などを質問されたら勉強不足がばれてしまいますので、これだけでごまかしてはだめですが。
最後の5番です。曲は同じイメージで全体が出来ているものと、進むにつれて音楽が変化していくものがあります。変化していく曲は明確な変化があることが多いです。テンポが変わったり、長調短調の変化をはじめとした明らかな転調だったり、拍子が変わるなど見たらすぐ分かる変化がある場合は変化した瞬間から明確に違うように演奏します。アウフタクトで始まるときは、次の小節に新しいテンポ表示があることも多いですが、アウフタクトから次のテンポの色に切り替えます。アウフタクトは少し引き延ばされることもありますが、それでも性格は次のテンポのものに切り替えます。
表現は気持ちの問題となりそうですが、テクニックもとても重要です。表現にテクニックがあるというのは逆に残念に思うこともあるかもしれません。しかし、このようなことの中にこそ表面的なものではなく、奥深い表情が潜んでいます。自分でも気づいていない奥深い声を聞くには、とても冷静にすべてを聞き取ろうとしなければなりません。感情的になっている時は頭がパニックになっていて、実は何も感じ取れていないということもあります。表現の大部分はしっかり説明できるような論理的なものから出来ているように思います。それで、解釈や分析が成立することになります。もしこれがなければコンクールなど審査される場では、審査員の気持ち次第で点数が変わってきますので、審査員の顔色をうかがいながら演奏をすることになってしまいます。良いものは本当に良いのです。力強い兵士の役をやる時に、兵士の衣装を着け、兵士の立ち方をし、兵士のしゃべり方をすることにより、自分の中に感じたことがなかった、兵士を発見することが出来、そのとこが次の表現につながっていくのだと思います。感情は兵士になっているのだからと、背中を丸くして立っていては、進まないものもあるように思います。
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