今回はシューベルトのアヴェ・マリアの演奏について考えてみます。まずは長いフレーズが目立ちます。息が続かない人はこの曲に取りかかるのは難しいかもしれません。息を続かせるには声門閉鎖が何よりも大切なのですが、この曲の雰囲気がとても柔らかいので、無理矢理声帯を閉じてしまうと音楽が壊れてしまいます。横隔膜が働き続けることによって声門閉鎖が誘発されて初めて、柔らかい音色で長いフレーズを歌うことが可能になります。これは基礎的な練習を重ねることでしか、根本解決はないので、日々の練習が必要です。
それでも少し工夫できるところがありますので見てみます。全体はゆっくりとしたイメージですが、16分音符の6連符でできているところなどは結構速いです。急に言葉も音も大変になりますので、この部分で遅くなってしまうことがあります。当然さらに長い息が必要になりますので、速い部分を速く歌えるようにすることが一つの解決策です。速い部分の歌詞を先に何度も練習して実際の曲より速く読めるようにします。そしてその速い部分のみを今度も実際のテンポよりも速く歌えるように練習します。さらに通して歌う時も速い部分を少し速く歌っていきます。こうすることでなんとか息が続くようになったら、あとは歌い込んでいくことで充分に演奏可能な曲になっていくと思います。
この曲にはもう一つ大きな問題があります。伴奏はずっと6連符ですが、歌は6連符の箇所は少しです。リズムパターンの違いから歌と伴奏がぶつかってしまうところがたくさん出てきます。原調のBdurの楽譜で1番だけ見てみます。歌の始まり3小節目のMariaのMaのところはピアノの伴奏2拍目最後のシ♭とミの間に入ります。この小節最後の歌のCの音もピアノ最後のドラの間に入ります。このようにピアノと歌のリズムのずれるところは滑らかさが壊され、緊張感と違和感が感じられます。これらの箇所を可能な限り、ピアノと同じリズムにしていくことが可能です。シューベルトの時代までは3連符の伴奏なのに歌のパートが付点のリズムで書いてある場合、歌のパートも3連符で歌われることが多かったようです。つまり今挙げた2カ所ともピアノの6連符の最後の音と同時に歌うことが可能だという事です。緊張感がほしければあえてずらすこともありますが、この場合それは必要でしょうか?しかし、最初のMaの部分は16分音符2つに分けられているので、3連符にしてしまうと同じ長さではなくなってしまいますし、次の小節の最後シ♭ラソラの部分も3連符にしてしまうのはどうかとも思いますので、付点で書かれているところの最後の16分音符に関してはピアノにそろえると思っても良いかもしれません。
先を見てみます。5小節目の3拍目、reの言葉の部分32分音符で書かれていますが、これを正しく歌うのは至難の業です。最初のCの音はピアノのシ♭の少し後、また次の歌のシ♭の音はピアノのファの後にずらして入れなくてはなりません。なかなか難しいです。ピアノのファの音と歌のドの音を同時に歌う方が絶対に自然です。6小節目の2拍目3拍目も同様にピアノの最後の音に合わせます。4拍目の歌の6連符がずっと滑らかに聞こえます。
持っているCDやYouTube等で色々聞いてみましたが、厳密に楽譜通り歌っている演奏は一つもありませんでした。シューベルトの付点を3連符に合わせるという事はそれほど昔からいわれていたことではありませんので、皆さん感覚的に楽譜通り歌うことの違和感を感じて意識的にか無意識にかは分かりませんが、ピアノと合わせていたようです。
9小節目2拍目で、今までよりも細かい付点のリズムが出てきます。これもピアノに合わせても良いと思いますが、なぜかここだけは頑なに付点で演奏している人も結構います。それでも11小節目2拍目の付点はピアノと合わせている演奏がほとんどなので、やや矛盾を感じます。
おそらくもっと時代が進んでいくとすべての付点の箇所がピアノにそろえて演奏されるようになるのでしょうが、付点での演奏はだめな演奏ではなく、素晴らしい演奏がたくさんあります。音楽解釈は徐々に進歩していきますので、演奏家は新しい情報を見ていく必要があり、特に指導者は今まで習ってきたことに固執せず、正しいことを教えていく必要がありますが、それでも古い演奏も新しい演奏も素晴らしいものは素晴らしいです。
最後にもう一つ、2番の歌詞のWenn wir auf diesen Fels hinsinken zum Schlafは長いですが、ここまでノーブレスで歌えた方が良いでしょう。有節歌曲には音楽の切れ目と詩の切れ目がずれてしまうこともあります。苦しいですが、頑張って下さい。
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