随分前ですが、テレビにある音楽の先生がでていらっしゃっていて、色々なポップスのアーティストをこの人は腹式呼吸で歌っている、この人は腹式呼吸で歌っていないと分類している番組がありました。腹式呼吸という言葉がとても曖昧で、本当はどのような状態が腹式呼吸なのか、また、この音楽の先生は何を持って腹式呼吸しているしていないの分類をしているのかよく分かりません。
声楽家にとって腹式呼吸は当然必要だという常識があります。おそらく腹式呼吸なんていらないと主張しようものなら、あちこちから批判されてしまうでしょう。しかし、腹式呼吸に関して少し批判してみようと思います。
腹式呼吸という言葉は息を吸う時に少しお腹が膨らむことから付けられたものだと思われます。横隔膜が広がりながら下がることによって、内臓が押し出されお腹が膨らむという仕組みですが、呼吸する時に全く横隔膜が動かないことはあり得ません。横隔膜を使った呼吸を腹式呼吸というのだとすれば、腹式呼吸で無い呼吸はないとも言えるでしょう。
発声に於いて横隔膜は息を吐く時(音を出す時)に重要な働きをします。声帯の伸展と閉鎖です。息を吸う時にも横隔膜は位置が下がり広がりはしますが、肺が膨らむ時にそうなるだけであり、発音に重要な役割を果たしているわけではありません。つまり、お腹が膨らんでもたいして膨らまなくてもどうでも良いわけです。歌うのに必要な分の息を楽にためられ、吐く時に声帯と結びついた動きがあるかどうかが大切なのです。
腹式呼吸の言葉の元になった、お腹を膨らませるように息を吸うことを頑張って練習したとします。すると同時に腹筋が突っ張って、横隔膜も広がりますが、柔軟性が無くなります。そうすると音を出す時に、横隔膜は繊細な動きが出来なくなってしまいます。そうなってしまうと声帯と横隔膜とのコンタクトも取りづらくなってしまいます。
腹式呼吸はお腹が膨らむように息を吸う呼吸というのが元々の意味なのですが、この本来の意味は重要では無い、もしくは邪魔をすることすらあります。言い換えるとすれば、発声にとっての良い呼吸は、横隔膜が声帯と密につながり、様々な表現が可能になる呼吸というところでしょうか。常識的に正しいとされていることをそのまま正しいと考えると上手く行かないこともよくあります。何が正しいのかを判断するのは、常識や他人の意見では無く、自分自身という事なのでしょうね。
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