歌の練習は発声が一番大きな課題になります。高い音、長いフレーズ、大きな声など少しずつ課題がクリアされていくと歌える曲が増えて、表現の幅が広がっていきます。さてそれから次の段階に進んでいくわけですが、そこで避けて通れないのが、いくつかのことを同時にやることです。最初は1曲を時間をかけて練習することが多いので、知らないうちに覚えて、言葉を中心に見ていけば歌えると思います。しかし、だんだん曲のペースが速くなったり、覚えにくい曲の練習をすることになったりすると、音符と歌詞を同時に見なくてはなりません。つまり、音符は上に、その下に歌詞が書かれますが、常にその2つを見ながら演奏します。でもこれで終わりではありません。その下に伴奏のピアノの楽譜があります。次にこれも同時に見て、ピアノとしっかりアンサンブル出来るようにします。
このように割と単純な曲の演奏でも、旋律、歌詞、ハーモニー、ベースの動き、場合によっては対旋律などいくつものことを同時に把握しなければなりません。音楽の難しさ(面白さまたは奥深さ)の一つがこの複数のことを同時に把握しなければならないこともあると思います。そして少し難しいので、訓練していく必要があります。
難しいことではありますが、日常でもやっていることです。作業をしながら話をしたり、複数の仕事を同時に進めたり、映画を見る時に台詞を聞きながら動作も見て、服装や、背景も見るということも同時にいくつものことをやっているわけで、難しいようで、そうでも無い、慣れていないといった方が良いでしょう。ダンスを習うとします。まず足のステップを覚えて、出来るようになったら手の動きを加えます。これを同時にやろうとするととても難しくなります。しかし、ダンスになれている人たちは一回見ただけですべてを把握し、すぐに踊れるようになるものです。
慣れていくとだんだんと出来るものですが、その話は後回しにして、複数のことを同時に感じることをもう少し考えてみます。例えば歌のメロディとピアノのベースで二つの違ったものが同時に演奏されることになりますが、独立した二つがあるだけでは無く、その二つの関係性がもう一つの感覚を生みます。同じメロディーでもベースが変わると違うメロディーのようにも感じられるほど、関係性がより大切になります。メロディーを単旋律で聴くよりもベースとともに感じる方がよりそのメロディーの本質に近づくことが出来ます。さらにそこにハーモニーがつくと、また新しい関係性が生まれます。それらの関係性で、メロディーはさらに新しくなりますが、それはメロディーの新しい面では無く、それこそがそのメロディーの本質なのです。
同時にいくつかのことを把握することは別のものを同時に聴く、例えば複数の人が同時にしゃべっているのを聞き分けるようなものでは無く、その関係性から生まれるものを聴くことなのだと思います。
オーケストラの録音をスピーカーを通して聴く時、それぞれの楽器の音がそれぞれの波形を持ち、それが同時にスピーカーから再現されるのだと思っていたのですが、そうではないそうです。すべての楽器の音が一つになったシンプルな一つの波形が作られ、それがスピーカーのコーンを振動させるだけなのです。すべての音の関係性で一つの波形になったものを聴いて、フルートの音、ヴァイオリンの音、ホルンの音など耳がそれぞれを分解して聴いているのだそうです。
関係の無い複数の要素を別々に把握し続けなければならないとしたら、頭をフル回転させてとても疲れる作業をしなければならないようにも思われますが、とても関連性が強く作曲された作品のいろいろな要素の関係を見つめることで、作品の本質に迫るという作業になります。
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