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ショパンコンクール~音楽について67

今回のショパンコンクール

 今回のショパンコンクールはとても興味深いものでした。反田さんの2位や小林さんの4位、また日本人の参加者がとても多かったことも注目させられるところでしたが、何よりもYouTubeで生配信されていたことがとても斬新でした。

コンクールの審査

 コンクールでは本当に正しく採点されているのかが一番の気がかりです。不正があることも考えられますが、これはなかなか難しいところです。ほとんどのコンクールの本選は生配信はされないものの公開されます。明らかに見劣りしている演奏者を1位に選ぶことなど出来ません。しかし、次の問題は残ります。本当は素晴らしい演奏だったにもかかわらず、途中で落とされてしまった人はいないかどうか。

過去のショパンコンクール

 1980年のショパンコンクールでポゴレリチがファイナルの前に落選しました。その時審査員だったアルゲリッチがこれを不服として審査から降りるといった事件がありました。とてもしっかりとしたテクニックがあり3次まで上がってきたものの、当時のショパン演奏の様式にそぐわなかったためにファイナルには残れなかったということのようです。この「様式」というのが問題になります。

様式について

 様式はとても重要です。ショパンをバッハの様式で演奏することなどありません。演奏家は基礎的なテクニックや基礎的な音楽の構造を勉強した後は、たくさんの時間を様式の勉強に充てます。もちろんテクニックをさらに磨きをかけるといったことも必要ですが、様式の勉強無しに演奏家はあり得ません。この様式というものはショパンはショパンらしく、バッハはバッハらしくということになるのですが、元々ショパンらしい演奏とかバッハらしい演奏というものがあるわけではありませんので、多分に「常識」の影響を受けます。先ほどの例では多くの審査員がポゴレリチの演奏がショパンの様式では無いと判断したのですが、果たしてそれは本当にショパンの様式では無かったのか常識的なショパン演奏とは違っていたのかが問題になります。しかしこの判断は本当に難しいです。どんなにテクニックがしっかりしていたとしても、ショパンの様式で無ければ多くの審査員の判断が正しいのですが、多くの審査員が考えたことも無かったけれども実はショパンの様式であったのならば審査員の判断ミスになります。

様式の獲得

 では演奏家はどのようにして様式を獲得していくのでしょうか?ある時期音楽家は特定の作曲家の曲を大量に勉強します。例えばベートーヴェンのピアノソナタを全曲演奏したり、そればかりでは無く、自分では演奏しない、交響曲や弦楽四重奏曲等も楽譜を通して勉強します。その過程で、演奏者にはだんだんとベートーヴェンの様式が出来ていきます。さらに深く、また他の曲も勉強していく過程で、様式はその形をどんどん変えていきます。しかし、楽譜からだけでは無く、他の人の演奏などもその様式を確立していくときにヒントになっていきます。演奏に行き詰まったときに他の人の演奏を聴いて新しい可能性が見つかることもたくさんありますから。そうするとベートーヴェンの演奏の常識が本当の様式に感じられたりもしますので、様式と常識は混乱することになるのです。ショパンコンクールの審査員といえど、自分で想像したことも無いショパンの様式で演奏されたときにそれはショパンの様式では無いと判断することもあるわけです。とても難しい事ではありますが、本当に優れた審査員は今まで触れたことの無い様式で演奏されても、本当にショパンの楽譜からあふれ出てきたものであれば、それを受け入れ、その上で演奏の質がどうだったのかの判断が必要になります。

審査員も審査される

 さて今回のようにYouTubeでコンクールが公開されてしまうと、その場に行けない人も聴けるし、何度も聴き直すことすら出来ます。つまり審査員が正しく判断できないような例があれば、すぐに世界中にそれが広がってしまうことになります。審査員も審査されるような状況になりますので、よくこれが実現したなと思います。コンクールは若い演奏家にとってその後の人生を左右するとても大きなものです。それを審査する先生方も審査されてしまうような今回の試みはとても素晴らしいものだし、勇気のあることだと思います。大変なことですが、日本のコンクールも是非採用していただければと思います。