発声にとって息の流れは欠かせないものですが、
息に圧力をかけるとかスピードのある息の流れを作るとかは必要ありません。
良い発声のための息はできるだけ少しずつ、安定して長く吐くこと、
そしてそれが苦しくないことにつきます。
息は声帯を振動させる原動力ですので、
長く吐くことが難しかったり、
不安定な流れは良くありません。
しかしそれだけです。

シンプルなことなのですが、
それでも息に声帯の開閉をさせる以上に
音質に関する何かの役割があると思ってしまうことが多いようです。
吐いた息がそのまま音になると考えてしまうようですが、
最初の音になるのは元々声帯の近くにあった空気で、
さらにその振動はすぐに秒速340mのスピードで周りの空気に伝わっていきます。
発声の息と声帯の関係はヴァイオリンの弓と弦の関係に似ています。
弓は弦を振動させるのに重要ですが、弦が振動したら、
弦の近くの空気が振動し、
秒速340mで広がっていきます。
弓が一緒に少し振動するでしょうが、
弓で音を伝えているわけではありません。

ですので、緊張感のある声や大きな声を出すために腹圧をかけて息に圧力を加える必要などないのです。
腹圧をかけることは簡単にできますので、
実験が出来ます。
汚い話で申し訳ありませんが、
排便や嘔吐が上手くいかないときにお腹に力を入れることは経験があると思います。
その時にうめくような声になりますが、
腹圧をかけたとしても全然良い声にならないことが分かります。

ではなぜ腹圧が必要だという考えが出てくるのかを考えてみます。
まずは横隔膜が発声に大きな役割を持っていることから始まります。
これは実際に横隔膜の練習が進んでいくと、
大きな声が出るし、高い声が出る、
また表情もついてくるので、疑いがないところです。
ここまでは良いのですが、
横隔膜が息に圧力を加えるからこのような効果があるというところに間違いがあります。
この間違いは先ほどの実験で実証できます。
腹圧をかけても声は良くなりません。
そうすると次の疑問が出てきます。
では声にとって横隔膜は何をしているのかということです。

横隔膜は肺の下部にあって、息を吸うと下がり、
吐くときに上がっていきます。
横隔膜は声を出すときには上がっていくのですが、
通常とても素早く上がってしまいがちです。
この運動は歌を歌うには不向きです。
長く息を吐くことができないからです。
ですので、横隔膜が素早く上がってしまわないように頑張る必要があります。
当然下向きの力です。
この力が横隔膜を使おうとするときの最初のとても大切な力です。
これにより息は少しずつ安定して長く吐くことが可能になるわけですが、
それと同時に起こる反応があります。
声帯の閉鎖です。

厳密には横隔膜がすぐに上がってこないようにするだけでは声帯の閉鎖は強くなりません。
横隔膜の中央が収縮してお腹の真ん中に集まるような力が働くことによって、
声帯の閉鎖が強くなります。
この横隔膜の緊張が腹圧と考えられたのは容易に想像できますが、
間違っています。
さらに、腹圧ではなく吐く息にに圧力を加えると考えてみます。
そうすると肺の容積を少なくする必要がありますので、
息の出口である口または声帯をしっかりと閉じて、
胸をできるだけ小さくして横隔膜も上げると最大限に息に圧力をかけられますが、
このことが良い声を作るのと正反対だということは容易に分かります。
- 横隔膜により声帯の閉鎖が強くなった状態を、
腹圧がかかったと感じてしまったとして何か問題はありますか? - 横隔膜の緊張と声門閉鎖の関係を腹圧が強くなったからだと思い込んでしまっても、
良い発声が出来ているときは問題ありません。
しかし、調子を崩してこの関係が分からなくなったときに、
腹圧をもっと上げなければとお腹に力を入れようとすると、
間違った練習になってしまいますし、
幸運なことにそういったことが全くなく歌っていけたとしても、
その人が生徒を取って教えるようになったときに、
腹圧を上げなければと教えてしまうと、
生徒は無駄な努力をすることになってしまいます。
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