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新しい発見(楽しく練習することについて)~レッスンで43

演奏家にとって普段の練習での最大の喜びは「発見」

 音楽に限ったことではありませんが、何かに向かって練習、勉強などを続ける時に大きな喜びになるのは「新しい発見」ではないかと思います。その他に「成果」も大きな喜びになります。良い点数をもらえたり、良い評価をもらえたりの他の人の評価などもうれしいものです。しかし、それほど頻繁に評価してもらえるわけでもありませんし、他人の評価は疑わしいものも多いものです。成果が出ることを目標に頑張っていると、目が回ってくることも多いものです。特に目に見える大きな成果はそんなに頻繁に感じられるものではありません。例えば高い音がなかなか自由にならなかった人が、ハイCを出せたとすると、達成感がありそうですが、実はそれほど簡単ではなく、翌日には出なくなることもあり、練習を続けていく中で出せる時もあり、出せない時もありを繰り返しながら、いつか気づいた時にコンスタントに出せるようになっていたといった進み方をしますので、意外と成果ははっきりしません。しかし「新しい発見」はもっと頻繁に感じられるものです。

専門家にしろ友達にしろ評価してもらえるのはとても貴重なことです。しかし評価は常に正しく行われるわけではありませんし、優しい人であるほど、調子が悪かった時には良いところをたくさん見つけて伝えてくれるし、調子が良い時にはさらに次の課題になるだろう事を伝えてくれるものです。辛口の意見を言ってもらえたとしたら、とても良い演奏だったということもあります。

音楽を続けるエネルギー

 私が音楽に向かう時は、常にこの「新しい発見」の繰り返しです。一瞬出てくる借用和音の意味が分かった時や、言葉と音楽のつながりが理解できた時や、テンポを少し変えたらしっくりこなかった部分が納得できる音楽になった時など、常に発見の繰り返しです。出来なかったことが出来るようになるのも「新しい発見」になります。とにかく私にとって音楽を続けていくエネルギーはこの「新しい発見」です。

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発見の例

 発見はどこにでもどの瞬間にも転がっています。例えばレッスンで「この小節にはナポリの和音が使われています」と言ったとします。(せっかくなのでナポリについては後述します)もちろんナポリの和音を知らない人も多いので、和音についてその場で説明します。その後、歌ってもらった時に、ナポリの和音を感じた表現の出来る人と、うまくいかない人に分かれるわけですが、出来た人はそこに「新しい発見」があったわけです。うまくいかなかった人は本当に何も感じない人もいれば、うまく表現できない人もいて、いろいろな状況があるのですが、「新しい発見」のチャンスを逃してしまったり、うまく生かしきれなかったりしたことになります。理由は色々ですので、その人がだめだとか、能力がないとか言うことでは全くありませんが、多少残念ではあります。

 絶対に誰もがナポリの和音の特異性を感じることは出来ますが、そのことよりも他のことに関心があったり、自分には必要ないと思ったり、分からないと思い込んでしまっていたり、とにかく他のことが頭を支配してしまってせっかくのナポリの和音を逃してしまうことがあります。こうなると「新しい発見」が少なくなってしまいます。このように発見が少ないと、日々の練習が苦しく感じられたりもしますので、些細なことでも発見をし続けられるようにうまく工夫が出来ると、普通の練習がとても楽しいものになっていくかもしれません。

小さな発見の繰り返し

 「新しい発見」は何も誰もがまだ見つけたことのない大発見というわけではありません。ほんの些細なことを発見だと感じられるかどうかが大切なのです。余談ですが些細な大発見の一例です。西表島に旅行に行った時の話ですが、干潟に数時間いたことがあります。沖縄なので、珍しいかにやら、植物やらがあって何を見ても面白かったのですが(すでにこれらは「新しい発見」です)、そこで小さいエビがいて、その後ろにさらに小さなアメーバがいました。エビが前進しているところを後ろからアメーバが時折尻尾に触れるまで近づいて、エビが嫌がって尻尾を振ると少し離れ、またしばらくするとアメーバはエビに近づいていって尻尾に触れ、エビが尻尾を振るの繰り返しをしていました。どう見てもエビの方が強いだろうにアメーバは何がしたいのか不思議に思って、結構長く見続けていました。しばらくしてエビがアメーバに攻撃しようとぐっと近づいた瞬間、のろのろとしか動かなかったアメーバが素早くエビを包み込み、エビは全く動けなくなって、アメーバに取り込まれてしまいました。広い西表の干潟の中でのとても小さな空間で、ものすごく大きなドラマを見たような気がしました。単に小さな動物の捕食の1シーンに過ぎない言われればそれまでですが、そこに世界を動かす大きな力や法則のようなものを感じることも出来るのです。

「発見」は時間と空間を超えて人とつながること

 ほんの一瞬のナポリを実感するだけのことなのに、それによって、遠い昔の異国の作曲家と確実につながることが出来るのはすごいことだと思います。ほんの些細なことでたいしたことではないとも思えることですが、この一瞬のつながりは人を理解するきっかけになり、理解が出来れば受け入れられることになり、それはまだ人類が達成できていない戦争のない平和な世界を作るための一歩にもなっていきます。

 「新しい発見」が出来れば、上達が早くても遅くても楽しく練習が出来ると言うことと、西表の干潟で小さくて大きなドラマを見たという話でした。うまく歌えること以上に、練習が楽しいのはとてつもなく強いです。

ナポリの和音

 短調の2度の和音、調号のないイ短調で考えると、主和音はラドミで次の和音(2度の和音)はシレファになります。しかしこの和音は短3度と短3度の積みねで、通常の和音と違って完全5度のない和音になってしまいます。そこでシの音を半音下げてみると、完全5度が出来ます。こうして作った和音がナポリの和音です。ナポリという名前はこの和音をナポリ学派の人たちが好んで使っていたために付けられました。和音としては短調なのに長3和音になりますので、明るさがあります。ただはやり短調であると言うことと、さらに一つの音を半音下げますので、積極的な明るさにはならず、少し愁いを含んだようにも感じられます。このなんとも言えない一瞬違う世界にいるような、これからどこに向かうか分からなくなったような繊細な和音がナポリの和音です。多くの作曲家がとても大事にシーンでこの和音を使っています。もちろんレッスンでは音を出しながら説明しますが、音のない状態だと実感しづらいと思います。是非音を出しながら確認してみてください。

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