良くない発声の状態として、舌が堅くなる、あごに力が入る、舌が奥に引っ込む、喉頭が上がる等言われることがありますが、これらはすべて同じ状況を指します。そしてこれらのトラブルを抱えている人はある程度の音域がしっかりと歌えるし、音量も結構あります。窮屈な音ではありますが、ちゃんと歌えるということです。これは大切なことで、舌が堅いと感じたり、指摘されたりすると、自分の発声は全然良くないと思いやすいですが、頑張って練習してきた証拠でもあるということです。
先ほどあごや舌についていくつかの事象を、すべて同じ状況だと書きました。舌が堅くなると、奥に引き込まれやすいし、あごが硬く感じるし、喉頭も少し上がってきます。例えば舌を前に出して舌先に力を入れることは可能です。これは今回のトラブルとは全く関係ないし、トラブルでもなんでもないので、そのように歌っている人は一度も見たことがありません。
ここで舌が堅くなるメカニズムを説明します。まずは下の図を見てください。
図1はのど仏、喉頭です。上部の大きな骨が甲状軟骨。下部のやや小さい骨が輪状軟骨です。甲状軟骨のやや下の方にまっすぐ横に引かれた線が声帯です。声帯は図1の黒い線の状態から赤い線の状態に変化することによって引き伸ばされます。喉が開いたと言われる状態です。この時に図2の赤い筋肉(輪状甲状筋)が収縮します。声楽のみならず色々な声を使う人たちが度々言われる喉を開けなさいということ指摘はすべてこの運動に問題があるからです。
図3は図1の喉頭の周辺の筋肉について書いたものです。喉を開く=声帯を伸ばすことです。しかし甲状軟骨という骨の中に声帯がある以上真横に声帯を伸ばすことは不可能なので、甲状軟骨が下向きに回転することが不可欠なのですが、その時に図2の輪状甲状筋がしっかり働いてくれれば何の問題もありません。しかし、それが上手くいかないときに次の手段が始まります。図3の喉頭の上部から舌の付け根に続いている甲状舌骨筋が甲状軟骨を押し下げる動きです。これでも甲状軟骨は下に傾きますので、声帯は伸ばされます。これが舌に力が入っていると言われている状況です。これでも問題なさそうですが、音が窮屈に感じられたり、伸びの無い声になってしまったり、場合によってはフォルテは出せてもピアノにしづらいなどといった問題が出てきます。そこでこれらは解決しなければならない問題になっていきます。
通常舌に力が入っているを感じたら、なんとか力を抜かなければと思うところだと思いますが、このメカニズムが分かっていたら力を抜くことが解決策ではないことが分かります。舌の力を本当に抜いたら、今まで甲状舌骨筋によって甲状軟骨を押し下げて声帯を引き伸ばしていたのに、この力を抜くと高い音は出なくなってしまいます。解決策は簡単で、本来の輪状甲状筋をしっかり使って甲状軟骨を傾かせる練習をするということです。そして輪状甲状筋が正しく動いたら、わざわざ無理して甲状舌骨筋が押し下げることはしなくなります。
- 舌に力が入るのは頑張って練習した結果
- 喉を開けるために声帯を傾かせる必要があるのを舌骨筋が押し下げることによって起こる現象
- 声帯を傾かせるために本来の輪状甲状筋を使う練習をすること
と言うことですので、舌に力が入っているなどの指摘は役に立ちません。言われたとしても無視して、正しく喉を開ける練習をすることをおすすめします。舌の力を抜いても解決はしません。舌の力を抜いたら上手くいったと思っている人も、何らかの形で輪状甲状筋がしっかり動くようになったのと舌の力を抜こうと思った時期が重なっただけです。また、きれいに発声が出来ている人が舌の状態を考えながら歌っていることはありません。完全に無視されます。と言うことで舌の力を抜こうと思ってもあまり良い結果にはならないだろうという話でした。ちなみに舌骨筋が甲状軟骨を過度に押し下げていると舌を前に出して発声できなくなります。発声練習の時に下唇より前に舌を出しても普通に声を出せるか試してみてください。上手くいかなければ、舌骨筋に頼りすぎているかもしれません。ちなみに舌骨筋は喉頭を下げるために働くのではなく、輪状甲状筋や胸骨甲状筋により甲状軟骨の引き下げに対して、逆に引き上げる筋肉として働く方が良い発声になります。舌骨筋も必要な筋肉です。
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