個性的な演奏は必要なのだろうか?個性的な演奏にするはどうしたらよいのか?など考えたことのある人も多いのではないかと思います。個性的な演奏は良いのかどうかについての答えは簡単で、良いこともあり、悪いこともある。ということになりますが、今回は個性について考えてみます。
個性とは何かについてはっきりさせる必要がありますが、これは簡単で、「他人と違うこと」だと言えます。例えば走れるだけでは個性とは言えませんが、普通の人よりはるかに速く走れるとしたらそれは個性だと言えます。逆に一生懸命に走っているにもかかわらず、とても遅くしか走れないのも個性になります。ただ個性には良い意味を持たせたがる性質がありますので、速く走れるのは個性で遅いのは個性とは言わないということもあるようです。しかし、もし先ほどの例で速く走れる人がゆっくり歩くことが出来なかったとしたら、とたんに手放しで個性は良いことだとは言えなくなります。物事を考える時に価値の偏りを加えてしまうと間違ってしまいますので、極力それを排除して考えます。特に演奏では速く演奏できた方が良いとか、大きな音が出た方が良いとか、はっきりとした価値を決めるのが難しい事が多いので、価値を含んだ個性は使えません。価値を考えずに他人と違うことが個性です。
では演奏で考えてみます。ほとんどの練習は没個性を目指します。つまり個性的ではないように頑張るわけです。正しい音程で歌うのは他の人と同じゴールに向かうことなので、個性的であるためには音程を外して歌う必要があります。しかしあえて個性的な音程で歌いたいとは思わないわけです。リズムもピアノの伴奏と合うように歌おうと練習します。個性的にするにはたくさんの箇所でピアノとずれてしまえば良いのですが、これを目標にすることはありません。このように没個性を目指して練習していてもどうしてもその枠を超えて出てきたものが個性だと言うことも出来ますが、それは枠を超えたのか、まだ練習が足りないのかはっきりしませんので、もう少し考えを進めてみます。
練習を重ねていくうちにその作品がよく分かってきます。あるフレーズの中でとても大切な一つの音が見つかった時に、それが大切な音だと分かるように演奏をしますが、音程を外すのも、ピアノとずれたタイミングで歌うのも抵抗があるものです。そしてそのような演奏を聴いた時に違和感が先に来て、個性でも表情でもない印象になってしまいます。そこで、違和感ではない強調のために、強調したい音を少し大きく演奏したり、全体を壊さない範囲でテヌートをかけたり、ヴィブラートを増やしたり、音色を工夫したり等試行錯誤することになります。ここに価値のある個性が出てきます。本当に大切な音でこのような工夫された強調がある個性的な演奏は素晴らしいのですが、大切な音ではないところでこのような個性的な演奏をしてしまうと、良くない個性だと言うことになります。
コンクールの審査員はこの個性の良し悪しを審査しなければなりません。自分の趣味に合っていれば良い点数を、趣味に合わなければ低い点数を付けるような審査をしてはいけないのです。つまち、曲を知り尽くして、必要な表現がされていれば自分の趣味とは違っても良い点数を付けるし、間違った表現であればそれに関しては加点をしないようにする必要があります。審査はとても難しく、高い能力が要求されます。
教育はどうしても没個性的になります。授業中歩き回ったりせず、静かにしていましょうというのも没個性的です。個性的にしましょうとなって、授業中に全く違うことを始めたり、大声で騒ぎ出したりしては授業は成立しません。当然没個性的でなくてはなりません。しかし没個性的すぎる弊害もあります。ある生徒が数学だけとても成績が良く、国語がとても悪かったとすると、個性的である方が良いとするならば、もっともっと数学だけを勉強しなさいとなるし、没個性的であれば、数学はもう勉強しないで良いから、国語だけ頑張りなさいということになります。こう考えると両方間違っていることが分かります。数学に関しては今の課題は簡単すぎるので、学年を超えて先に先に課題を出す必要があり、国語に関しては、あまり関心がないのかもしれないので、国語の面白さなどを教えて、興味を持つ動機付けが必要になるかもしれません。教育の現場ではこんなに簡単ではなく、一斉授業の中で先取りして課題を出す難しさもあり、興味のないものに興味を持たせることも難しい事だと思います。
少し脱線しました。話を音楽に戻します。レッスンではほとんどの指示は没個性的なものになります。音程が低いとか、少し遅れるとか、喉が締まっているからちゃんと開けてとかはすべて没個性的なものです。これに対して、音程が低いと言われてもよく分からないし、気持ちよく歌っているんだからこれでいいんじゃないかなと思うのは個性的だということになります。個性的な方が良いとはなかなか言えないものです。
これに対して、レッスンでたまに個性的な指示が出ることがあります。その音少しためて歌ってみよう(その音だけ少し遅らせて歌う)等もその例です。レッスンの初期に指示されるのはほとんどが没個性的ですが、レッスンが進んでくるとだんだんこのような個性的な指示が増えてきます。先生の指示に合わせて音をためただけなので、まだ個性的だと思えないかもしれませんが、先生の指示を理解して、どのくらい遅らせるのか、どのくらいの音量で歌うのか、どのような音色にするのか、どのように言葉をしゃべるのかなどはすべて歌い手が考えたことなので、歌い手が作り出した個性的な演奏になります。そのうちに先生の指示がなくても必要な場所で必要な個性的な演奏が出来るようになり、レッスンの場ではすべてを先生が理解して、さらに新しい方法や効果的な歌い方の指示が出てくることになります。上級者のレッスンになりますが、とても楽しい時間になります。
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