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シューベルトは高い音に向かってデクレッシェンドすることについて~声楽曲19

 ある有名な先生の公開レッスンで、「シューベルトは高い音に向かってデクレッシェンドしなくてはなりません」とおっしゃっていたのを聞いたことがあります。これはどう考えても正しいとは言いがたい表現です。しかし、ドイツリートの世界ではとても有名な先生で、そのまま文字通りシューベルトの演奏においては高い音に向けて常にデクレッシェンドすることが正しいと思ってしまうことも多いようです。よく考えると変だと分かることですが、有名な先生の一言となると、疑うことなく真理として受け取られてしまいがちです。

 このような例はたくさんありますが、これをどのように考えるかの一例を挙げていきます。著名な先生に「シューベルトは高い音に向かってデクレッシェンドしなくてはなりません」と断言されてしまうと揺るぎない法則のように感じられてしまうものですが、もしそうだとするとどんなことになるか考えてみます。

 まず一つ。シューベルト限定で言われるということは、ほとんどの他の作曲家の作品ではそういうことは無いが、シューベルトにおいては、もしくはシューベルトとあと数人の作曲家の演奏では、と限定されることになるでしょうが、そうすると、高い音に向かってクレッシェンドする作曲家と、デクレッシェンドする作曲家、さらに変化しない作曲家にすべての作曲家を分類しなければなりません。ベートーヴェンはどこに分類すれば良いでしょうか?ショパンはと考えても誰もどこにも属しません。このようなことは作曲家の普遍的な様式として分類できるようなものではないのです。作曲家によらず、高い音に向かってクレッシェンドすることも、デクレッシェンドすることもどちらもあります。

 次にシューベルトの作品を実際に見てみます。Litaneiを例に見てみます。

 シューベルトは歌のパートにはほとんど強弱記号を書かず、この楽譜もピアノのパートにいくつかの記号があるだけで、記号では判断はつきません。この曲は最低音6小節目のC(ド)の音、最高音5,8小節目Es(ミ♭)になります。高い音に向かってデクレッシェンドするためには低い音を大きく出さないと、全体に音が小さくなってしまいます。原則が正しいならば最低音が一番大きく、最高音が一番小さくなるはずですが、全く逆で、全体で一番山場になるのは、8小節目の最高音Esの音です。歌の最初の小節を見てみます。G-G-B-F誰が演奏してもBが一番強く、Fが一番小さくなるでしょう。高い音に向かってクレッシェンド、低い音に向かってデクレッシェンドです。このようにほとんどの部分で、高い音に向かって強くする方が正しいです。一カ所逆になるところを出しておきます。5小節目の装飾音のあるところを見てみます。装飾音がFisで次の音がGと高くなっていますが、この場合はFisを強く、Gを弱く演奏した方が良いです。しかし、これは音が上がるからではなく、ソシレの和音でFisの音が和声外音で緊張が高いからです。ということでこの曲の場合上行形でデクレッシェンドするところは全くありません。他の曲でもほぼ同じで、上行形でデクレッシェンドすることもありますが、とてもまれです。

 「魔王」では子供がMein Vater(お父さん)と絶叫するところにとても高い音が使われています。この必死な叫びが小さいというのも変ですが、この講習の後で、子供の声なので、本当は小さく歌うべきだという意見も聞いたことがあります。上行形をデクレッシェンドという先生の言葉を無理矢理に理由付けしたものでしょうが、言い逃れが出来ないときの政治家の答弁のような違和感が感じられます。子供らしい声は必要ですが、必死な叫びがなければ、この子は死を受け入れていることになってしまい、曲が成立しなくなってしまいます。極端な例ですが、とても信頼している先生の言葉はすべて正しいと思い込んでしまうと、このようなゆがみがでてしまう危険性があるという例です。

 最後にこの先生の弁護をします。声楽を専攻している人たちは少なからず、より高い音、より大きい音が出せるようにトレーニングしていきます。その結果ドラマティックなオペラのアリアを歌えるようになっていきます。このような練習をしている人が慣れないシューベルトを歌うことになっても、今までの歌い方が急に変わるわけではありません。オペラに比べるとシューベルトは低い音が多く、なかなか音量が出せないので、少し高い音が出てくると、厚くした声帯のまま声を張り上げて歌ってしまうこともよくあります。結果雑な演奏になりがちなので、もっと繊細に歌いなさいという先生のアドヴァイスなのです。わかりにくいのは承知で、先生の言葉を正しく翻訳すると、繊細な曲の場合は、上行形でいつもよりも早く声帯に張力を加え、この張力の緊張感を先行させてクレッシェンドをしなければいけない。結果的に少し薄い音で高音を歌うことになりますが、それをデクレッシェンドと表現されたわけです。当然のことですが、本当にデクレッシェンドしたらそうではないと言われてしまいます。さらに言葉通りに受け取って、一生懸命上行形をデクレッシェンドで練習したら、君はそんな変な歌を歌いたいのかい」と笑われておしまいになるでしょうね。