発声のレッスンでは「あたり」が利用されることも頻繁にありますが、私のレッスンでは実はそれほど多く使いません。「あたり」は発声練習に不可欠なものではなく、ある状態の発声をすると特定の場所に声の焦点のようなものを感じてしまうだけです。つまり「あたり」が先にあるのではなく、結果として「あたり」を感じるだけです。私のレッスンでもごく短時間だけ意識してレッスンに取り入れることもありますが、それはほんの少しです。それでも私自身「あたり」を利用しているのですが、それは声の現状がどうかの判断材料にしたり、練習の進展具合の判断に使っています。
レッスンの1例、鼻の付け根の「あたり」です。一番よく使われる部分で、音が弱々しく、音程が定まりにくいときなどには重要になります。私のレッスンでは鼻の付け根に音を感じましょうと言うことはまずありません。ある程度の支えのある状態で、十分に声帯が引き伸ばされるように練習を進めていきます。その土台が出来てきたところで、横隔膜の中央が素早く収縮するように練習していきます。これがうまくいくと、自然に鼻の付け根の「あたり」がしっかりしてきます。
総合的な発声のバランスが必要な「あたり」の位置で、声帯の閉鎖が強くなる練習になるので、声帯がしっかり引き伸ばされていないと、過度に喉に力が入り、音が厚ぼったくなったり、音程が下がりやすくなったりします。よく使われるからと言って、準備がしっかりしていないのに鼻に音を当てようとすると、様々な問題が出てきてしまいます。発声のバランスが良くなると自然にクリアできますので、ある意味では一番意識のいらない部分かもしれません。
以前コンサート形式のオペラの演奏会で、500人くらいの中ホールで、ピアノのみの伴奏のものを聞きに行ったときのことです。バリトンの一人がこの鼻の付け根のあたりの位置をとても強く使う人で、ギラギラと輝くとても強い音ですべてを歌っていて、せっかくのコンサートだったのに耳が痛くなってしまい途中で帰ってしまったことがありました。間違った「あたり」の練習がされていたわけではありません。逆によく練習されていたのだと思いますが、これだけですべてを歌うと耳の痛い演奏になってしまいます。このポジションは良いとか、この音は良いとかの判断ではなく、音楽の中で常に音は判断されるべきだと思います。
フースラーのアンザッツ(あたり)の発声での実践~発声のしくみ59
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