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合唱のヴィブラートを考える ~声楽曲14

合唱でのヴィブラート

 合唱ではノンヴィブラートを絶対に不可欠だと要求されることが多くあります。現代の傾向か、もしかするともう一昔前の考え方なのか、それでも根強く主張される先生も多いので、難しいと感じながら練習されている方や、中にはどうしてもヴィブラートがかかってしまうので、残念ながら合唱を諦めてしまう方の話も時々聞きます。今回はこのことについて考えてみます。

 今回この記事を書くに当たって、インターネットでどのような意見が多いのか少し調べてみました。ノンヴィブラート支持が圧倒的に多いかと思ったのですが、意外にそうではなく、しかしいろいろな意見がありました。

ヴィブラート、トリル、トレモロ

 まず、ヴィブラート、トリル、トレモロの用語の整理をします。

  • ヴィブラートとトリルは音程の揺れトレモロは同じ音を何度も演奏する奏法です。マンドリンやマリンバ(木琴)の演奏でのトレモロ奏法は聞き覚えがあるのではないでしょうか。
  • トレモロはロングトーンが難しい楽器でよく使われます。1回弾いてもすぐに音が減退するのをトレモロによって長く続いている音のように聞かせられます。
  • 歌はロングトーンできますので、ほとんどトレモロは使われません。モンテヴェルディのオペラなどでごくまれに同音をアーハッハッハッハのような感じで、いわゆる装飾音になりますが、使われることもあります。
  • 価値を表すのではありませんので、ヴィブラートは良いがトレモロはいけないとか、逆にトレモロは良いがヴィブラートはいけないとか言ったものではありません。
  • ヴィブラートとトリルは同じ種類の、音程の揺れです。しかしトリルは2度音程で揺らします。元々の音とその2度上の音(長2度のことも短2度のこともあります)を行ったり来たりさせます。ヴィブラートはもっと狭い音程でしか揺らしませんので、音程の幅の違いです。
  • 言葉の意味は明確な違いがありますが、トリルが速くなっていくときちんと2度音程をとることが難しくなることもあります。そうするとヴィブラートとの区別はほとんどなくなります。また、ヴィブラートの幅が大きくなりすぎると、すべての音にトリルがついているように聞こえてしまいます。あまり良い演奏とはいえないでしょう。

ハーモニーとヴィブラート

 合唱はノンヴィブラートで歌わなければならないという意見はハーモニーをきれいにすることが最大の理由のようです。そこで、本当にヴィブラートがあるとハーモニーがきれいにならないのか、ということとノンヴィブラートは声にどういう影響があるのかを考えていきます。

 高校生の頃ユーフォニアムを吹いていたのですが、チューニングの時にメーターのついたチューナーを使って合わせていました。音程が合うとメーターは中央で止まり、低いと少し左に傾き、逆に高いと右に傾くというものです。このチューナーを使って声を出してメーターを真ん中に止めようとしたことがあるのですが、とんでもなく難しいことで、メーターは少し右や左に傾くといったレベルではなく、全く安定したところで止まってくれなかったのを覚えています。声にとって音程をしっかり合わせるのはとても難しいです。

ヴィブラートがあってもきれいなハーモニーが聞こえる例

 本当にヴィブラートがあるとハーモニーがきれいにならないのかということに関してはどうも疑問があります。オーケストラの楽器はほとんどが常にヴィブラートをつけます。それさえなければもっとハーモニーがきれいなのにと思うでしょうか?もっと精細に見えるものだと弦楽4重奏がありますが、これも常にヴィブラートをつけます。当然音程に関して少しルーズに演奏しているということは全くなく、とても細かく繊細な音程の練習をしています。

発声の練習の過程でだんだんとヴィブラートは増えていく

 次に声にとってのヴィブラートを考えてみます。子供の頃はあまりヴィブラートはかかりません。(子供はかかけられないわけではありません、必要性がないのでしょう)その後プロになろうと音大に入ったとします。そこでも最初はヴィブラートのかからない人も多いです。しかし、だんだん学年が上がっていくと、逆にヴィブラートが全くない人はほとんどいないようになっていきます。声が成長していく過程で、さらにより大きな声、より広い音域、幅広い表現をしていく過程でヴィブラートは自然にかかっていきます。

プロの発声の現場でのヴィブラート

 レッスンの場でヴィブラートはどう扱われているかを考えます。実際にヴィブラートをコントロールするように指示されることはまれです。しかし、たくさんのヴォイストレーナーが発声のトレーニングがうまくいったときに、「ヴィブラートがきれいになってきたね」ということがあります。ヴィブラートをつけるつけないよりも、発声が良くなってきたときのバロメーターにもなっているようです。

 ここでもう一つ、不自然に揺れてしまう不安定な声についても考える必要があります。この状態は声にとっては良くないときの合図でもあります。合唱でノンヴィブラートが流行ったのはもしかすると、ヴィブラートがハーモニーを作るのに問題があるかどうかということより、この不安定な声を嫌ったのではないかと思います。この手の不安定な声になってきたときに、大抵のヴォイストレーナーは真っ先に反応します。しかし、「ヴィブラートをやめなさい」とヴォイストレーナーが言うことはほぼありません。そう言ってしまう弊害を知っているからです。呼吸の安定や支えとのどの関係を修正したり、喉そのものの柔軟性を取り戻すことによって修正していきます。

合唱のヴィブラートを考える2 ~声楽曲21

ノンヴィブラートとヴィブラートでの声帯の違い

 さらにもう一つ、ノンヴィブラートが流行っていくためには、このことが何らかの効果を生み出さなければなりません。ヴィブラートのあるときとないときの喉の違いを見てみます。声帯が十分に引き延ばされ自由な振動が起こると、そこにかすかな揺れが発声し、ヴィブラートがかかります。自然なことなのですが、あえてヴィブラートの無いように声を出そうとすると、音の広がりを少し犠牲にする代わりに、声帯の中央の閉鎖をやや強くし、その結果少し喉っぽい声になりますが、音の芯のある安定した声になっていきます。実はノンヴィブラートを強く求める人たちはこの芯の強い音を求めているのではないかと思います。揺れがないからではなく、芯の強い安定した声がハーモニーをきれいに作ってくれるということではないかと思います。

ヴィブラートを禁止する弊害

 こう考えると、合唱はノンヴィブラートで歌うべきか、ヴィブラートをつけても良いのかという論争はもういらないでしょう。ただ発声のバランスが崩れて不安定な揺れがある人にとって、ヴィブラートをやめなさいという指示は声を扱うプロは絶対にしません。ますますバランスを崩して、歌えなくなってしまいます。

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