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「魔王」の演奏

 魔王を歌ってみたいと思う人は多いのではないかと思いますが、色々とハードルが高いところもあります。バラード(歌物語)というジャンルに入る曲です。元々歌曲は1番2番とあるような有節歌曲が一般的でした。しかしそれとは別にストーリーがあり、動きのない一人で歌うミニオペラのような作品も多くなってきました。これがバラードです。ストーリーがあるために形式は自由になりましたが(ストーリーが形式をカバーしてくれるため)、物語が分かるようにしないといけないので、どうしても長い曲になってしまいます。また「魔王」のように、色々な登場人物を一人で演じなくてはならないことも多く、その結果音域が広くなってしまいます。「魔王」の場合は父親は低い音で、こどもは高い音で歌われます。





 曲が長くなり、音域も広いので、この曲を歌いきるには結構スタミナが必要になります。このようなことがあまり苦にならない人は後回しにせず、どんどん歌ってみると良いのではないでしょうか。
 もう一つ大変なことがあります。それはピアノの伴奏がとても大変だという事です。3連符をオクターブで長く連打しなくてはなりません。ピアノソロの曲でも単音連打はよくありますが、オクターブを長く弾き続けることはまれです。実はシューベルトの頃のピアノは今のピアノとは少し違っていました。ハンマーで弦をたたく機能自体は同じですが、今よりももう少しチェンバロに近い音質で、鍵盤も軽く、鍵盤の戻りも速かったようです。よって現代のピアノよりも連打はしやすかったと思われます。これを現代のピアノで弾かなければならないので、ピアニストを探すのが大変になります。ピアニストには大変ですが頑張ってもらうしかありませんが、左手が休みの時に右手のオクターブ連打を両手の単音連打に変えて演奏されたりもします。1小節目は両手で単音連だ、2小節目は右手だけでオクターブ連打、また3小節目は両手で単音連打のような感じです。これはこれで練習が必要だし、ほんの少し休めるだけでそれ以上に楽になるわけではありません。





 というわけで、歌い手は合わせの時極力無駄がないように、しっかり練習してから合わせに臨むべきです。また通しの練習を少なくして、必要なところを部分練習にすることも大切です。ピアニストは声楽家のことを理解する必要がありますが、同じように声楽家もピアニストのことを理解しなければなりません。
 

  

 歌は語り、父親、子供、魔王の4役を演じなければなりません。そうなると声色を変えなければと思いますが、それよりもそれぞれをしっかり歌うことを先に練習した方が良いと思います。本当に声色を変えることが最善の表現方法だとしたら、4人で歌った方が良いのです。しかしそうではないのは、そうではない演奏の良さがあるのだと思います。きっと4人で分けて歌うと緊張感が薄れてしまうでしょう。
 父親は結構低いです。高い声の人にとっては大変ですが、この低さに無理がない声を見つけていきます。また子供は逆に高い声が続きます。子供っぽい声を出そうと頑張りすぎると貧弱な声になり、歌いこなせなくなっていきます。まずはこの高さが楽に歌える声を探していきます。声質はそれほど器用に変化させられません。必然的に子供と父親の声は違う声になりますので、この声の中で、死を前にした子供の恐怖と、オロオロしながらも子供を落ち着かせようとする父親を表現していきます。練習をしていくと音域的にはそれほど無理のない魔王の表現が難しいことに気づくと思います。強引な恐ろしい魔王は最後の最後まで現れず、それまではとてもやさしく、魅力的に、しかし悪意を持って表現されています。
 18歳のシューベルトがここまで劇を理解し、さらに音で表現できたのは驚きです。ハードルの高い曲ではありますが、素晴らしい曲です。是非挑戦して下さい。

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